高野白山の九州易占塾

徒然の記

ブラ高野~庚申神

徳永公園(福岡市西区)にある庚申神と刻み込まれた石塚は、由緒書きによると女原地区の道路上にあったものを伊都土地区画整理事業のために移転したそうです。
庚申神(信仰)は、中国伝来の道教をもとに、密教・神道・修験道が混淆(こんこう)し、地元の寄合い制度に組み込まれた土俗習俗(信仰)といっていいでしょう。

庚申の日は、夜になると天帝という天の神様に悪事を報告する三尸(さんし)という虫の動きを封じるために、人々は集まって話し込んだり、酒を飲んだりして夜明けを待ちました。
女原地区では大きめの石で庚申の記念碑を建てましたが、庚申待ちが大正年間まで各地で行われていたことを考えると、日本文化の重層的な陰影の濃さを垣間見ることができます。

庚申神の石塚

周易とは

周易は、周の初期に完成した予言書である易経に根拠を持つ占いです。
周易の原型である連山易、帰蔵易とも詳細は不明ですが、易という字は、とかげの形(日が頭部、勿が足と尾)に由来するという説があります。
皮膚の色を変えるとかげにちなんで、易の字源は「変化する」という意味です。

ちなみに、王朝交代の理論である易姓革命は、「姓を易(か)え、命を革(あらた)める」と読みますが、天命が革まったので、王家が代わる、という意味です。
易は、乾(けん)、兌(だ)、離(り)、震(しん)、巽(そん)、坎(かん)、艮(ごん)、坤(こん)という八つの要素により、人生を八つの局面に分けて、把握、予知する占いですが、万物の本質を流転と変化とみる易経の認識論は、あと一歩進めると全世界を現象とする空の思想に近づくため、変幻自在であり強い説得力を持つのが特徴です。

八卦は、三つの陰陽が重なってつくられており、直線が陽、断線が陰です。
八卦を組み合わせて成立した六十四卦に、それぞれ爻(こう)という指針が六つついているので、卦(か)と爻(こう)をあわせて、解釈し、方針を決定していくという段取りになります。
易占いは人物像をはじめとして、どんなことでも対象になりますが、特に出処進退を決める場合に威力を発揮します。

占いの効用

易占いやタロットに限らず九星気学も含めて、占いの効用には、進路選択もさることながらほかにも人間性あるいは事物の本質把握があります。
古代ギリシャの賢者は、「汝自身を知れ」と教えたそうですが、実は、自分が何者であるか理解するのは思うほど容易なことではありません。

八卦の思想と九星気学のデータを組み合わせた性格判定法である傾斜法を使えば、自分であれ他人であれ、その人物の好みや憧れなど心理の深い部分を知ることができるし、宿命のありようを調べると、人物の本質部分も把握できます。
本命星による九星性格論も五行による相性論も己を知るための有力な手段の一つです。

占いは広い意味では、シンクロニシティを活用した占いと連綿と続いたデータの蓄積結果である統計に分類できます。
易やタロットは、説得力がある指針が次々と出てくるし、九星気学や姓名判断は統計であってもその真実性を無視することはできません。

ブラ高野~浅草フランス座

浅草フランス座演芸場東洋館(東京都台東区)は、かつては浅草フランス座という名称のストリップ劇場でしたが、現在は、漫才、漫談、浪曲などいろものを中心とした演芸場になっています。
落語寄席である浅草演芸ホールと同じビルの4階に入り口があります。
浅草フランス座では、ストリップ興業の幕間にコントや漫才がありましたが、この劇場から渥美清、ビートたけしをはじめとして萩本欽一、東八郎、伴淳三郎というスターたちが誕生しました。
下積み時代のビートたけしは、エレベーターボーイとして勤めながら、深見千三郎に弟子入りし、芸人への第一歩を踏み出すことになります。
この時にコントやタップダンスを学び、ビートきよしと漫才コンビのツービートを結成し、放送禁止用語を無視するなどしてお笑い界に一大旋風を起こしました。
浅草六区にはほかにも演芸場があったはずですが、この劇場から日本の喜劇界をけん引する錚々たる、野性味あふれる芸人たちが輩出したのが不思議です。

浅草フランス座演芸場東洋館

ブラ高野~蒙古軍船碇石

西暦1274年及び1281年に、蒙古、高麗の大船団が九州沿岸に押し寄せ、侵攻してきました。
当時の軍船碇石が筥崎宮に保存されていますが、全長3m程度の花崗岩でできており、両端をやや狭く削っています、。
表面全体に加工痕があり、中央部分に二つの溝が掘り込まれ、碇としてバランスを取り、船を固定するための工夫がみられています。
筥崎宮一の鳥居をくぐって、すぐ右側にあり、2個の碇石のうち手前の碇石が福岡県有形文化財の指定を受けています。

碇石

碇石組立て図

 

 

繋辞下伝~周の文王

易の凄みは、繋辞下伝(けいじかでん)で次の文章に集約されています。
易の指針に従えば安心して進んでいいが、従わなかった場合は、凶の事態を覚悟しなければならない、ということでしょう。

「易の盛んになったのは、殷の末期か徳の盛んな周の初期であろうか。周の文王と殷の紂王の時期であろうか。文王のつくった易の言葉は、厳しいアドバイスが多いが、危ぶみ畏れる者は安心させ、侮る者は傾き衰えさせる意図が隠されている。この意味で、易の道は甚だ広大である。百の事態でももれなく触れ尽くして余す所がない。畏れ慎む心構えで終始すれば、結局咎なしとなる。これが易の道である」

○書き下し文
「易の興るや、それ殷の末世、周の盛徳に当たるか。文王と紂との事に当たるか。この故にその辞危うし。危ぶむ者は平かならしめ、易(あなど)る者は傾かしむ。その道甚だ大にして、百物廢れず。懼れてもって終始すれば、その要は咎なし。これをこれ易の道と謂うなり」

ブラ高野~寅さん記念館

江戸川沿いにある柴又公園に隣接する寅さん記念館(東京都葛飾区)には、映画「男はつらいよ」にちなんで、松竹大船撮影所から移設した団子屋「くるまや」や「朝日印刷所」のセットを展示しており、ほかに映画の名場面を紹介した映像コーナー、映画で使われた実物の革カバンなどの展示コーナー、記念撮影コーナーなどがあります。
映画「男はつらいよ」の初期作品では、団子屋「くるまや」はセットではなく、高木屋老舗がそのまま使われていました。
この店の草団子はおやつにちょうどいい、ほどよい甘さです。

寅さん記念館特別展

高木屋老舗看板

草団子

相性論の根拠

人間関係の良し悪しは、実は相性(あいしょう)で決まっている、といいますが、なぜ相性があるのか、誰も説明できず、これは人間の一生を支配する本命星に由来している、というほかありません。
九星気学では、五行思想を根拠にして相性を説明しています。
五行思想では、木、火、土、金、水の五つの自然要素による相互の影響関係を相生(そうしょう)と相剋(そうこく)といいます。
相生は、仲良しで気が合う間柄、相剋は、なんだか虫が好かない相手となります。
数々の実例を検証すると親子、兄弟でも五行の原則が持つ親和と対立の関係が8割程度該当することがわかります。

人間関係がうまくいかない場合は、相手の本命星を調べて、自分と相剋の関係になっていないか確認する必要がありますが、相性を調べれば、相手の本音がわかる時があり、別の対応ができるからです。
同じ本命星同士の関係は、原則として比和といってまず可もなく不可もない関係を保つことができるとされています。

相生と相剋の関係を手掛かりに、実例に照らし合わせながら連想能力を働かせると不思議な説得力がある結果が出ます。

※五行思想~人間も宇宙も、木(もく)、火(か)、土(ど)、金(ごん)、水(すい)の五つの自然要素からなり、相互に影響し、盛衰生滅を繰り返しながら、循環していくという説。

ブラ高野~湧出石

筥崎宮(福岡市)の境内に埋まって少しだけ頭を出している湧出石は、真偽はともかく案内板によると、国難があるときに地上に姿をあらわすという言い伝えがあります。
この石にふれると運が湧き出るといわれ、招福開運のご利益もあるそうです。

湧出石

湧出石看板

繋辞下伝~三才

易経では天道と人道と地道を三才(さんさい)といいますが、それぞれに二つの爻(こう)がついているので、天道と人道と地道としてあわせて六つの爻があります。
爻は、変動という意味があり、具体的な指針を教えます。
三才は、三材(さんざい)とも言います。

「易という書物は、内容が広大であらゆる道理を備えている。天道と人道と地道がある。
天と人と地の三才がそれぞれ二つの爻に該当し、その合計が六つの爻である。六という数は他でもない、三才の道なのである。そして三才には、変動があり、その変動に効(なら)うという意味で爻と呼ばれるのである」

○書き下し文
「易の書たるや、広大ことごとく備わる。天道あり、人道あり、地道あり。三材を兼ねてこれを両(ふた)つにす。故に六なり。六とは它(た)にあらざるなり。三材の道なり。道に変動あり、故に爻という」
※它(た)~ほか、よそごと

 

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