高野白山の九州易占塾

徒然の記

ブラ高野~弁天小僧菊之助

東京都台東区浅草の伝法院は、浅草寺の敷地にある塔頭で、伝法院南側の通りを伝法院通りといいます。

この通りは東西約200m程度しかありませんが、歩いて楽しむストリート景観が広がっています。

屋根の上を見ると、片膝を立てた白波五人男の一人弁天小僧菊之助や千両箱を運び出す途中の鼠小僧次郎吉、路上には白波五人男の首領日本駄右衛門の人形が生きているように飾られています。

壁面には、火の見櫓も設置され、遊び心充分というところでしょうか。

日本文学史に燦然と輝く名セリフ、弁天小僧菊之助の啖呵(河竹黙阿弥作)をご紹介しましょう。

七五調の口上が終わると、娘姿から片肌をぬぎ大あぐらをかいて開き直ります。

※                 ※

「知らざあ言って 聞かせやしょう
浜の真砂と 五右衛門が
歌に残せし 盗人(ぬすっと)の
種は尽きねぇ 七里ヶ浜
その白浪の 夜働き
以前を言やぁ江ノ島 で
年季勤めの 児ヶ淵(ちごがふち)
江戸の百味講(ひゃくみ)の 蒔銭(まきせん)を
当てに小皿の 一文字
百が二百と 賽銭の
くすね銭せぇ だんだんに
悪事はのぼる 上の宮(かみのみや)
岩本院で 講中の
枕捜しも 度重なり
お手長講と 札付きに
とうとう島を 追い出され
それから若衆(わかしゅ)の美人局(つつもたせ)
ここやかしこの 寺島で
小耳に聞いた 祖父(じい)さんの
似ぬ声色(こわいろ)で 小ゆすりかたり
名せぇ由縁(ゆかり)の 弁天小僧
菊之助たぁ 俺がことだ」

伝法院通り入口
伝法院横断看板

弁天小僧菊之助
伝法院弁天小僧菊之助

鼠小僧次郎吉
伝法院鼠小僧

日本駄右衛門
伝法院日本駄右衛門

火の見櫓
伝法院火見櫓

 

九星の定位置

九星の種類は、一白水星(いっぱくすいせい)、二黒土星(じこうどせい)、三碧木星(さんぺきもくせい)、四緑木星(しろくもくせい)、五黄土星(ごおうどせい)、六白金星(ろっぱくきんせい)、七赤金星(しちせききんせい)、八白土星(はっぱくどせい)、九紫火星(きゅうしかせい)の九つがあります。

九星の定位置を表す標準盤の方位は、以下のようになります。

一白水星~北

二黒土星~西南

三碧木星~東

四緑木星~東南

五黄土星~中央

六白金星~西北

七赤金星~西

八白土星~東北

九紫火星~南

九つの星は、毎年、毎月、毎日、毎刻一定の法則に従ってぐるぐる廻り、それぞれが10回目にもとの定位置に戻りますが、方位の吉凶や運勢の変転、はては人間の性格や相性まで決めていく、といいます。

九星標準盤では、北の一白水星、南の九紫火星、東北(鬼門)の八白土星が重要ですが、定位置は、九星術の理解には欠かせませんので、暗記法があります。

暗記法は、西南(左下)の二黒土星から「憎しと思えば七五三、六一坊主に蜂が刺す」

ブラ高野~元寇資料館

ブラ高野シリーズを再開します。

再開第一回目は、元寇資料館をお届けします。

※                   ※

西暦1274年及び1281年に元・高麗連合軍の日本侵攻がありました。

文永、弘安の役です。

博多湾沿岸各地で激戦があり、地下鉄馬出九大病院前駅から歩いて二分、福岡市博多区東公園の元寇史料館には侵攻軍が残した戎衣、皮鎧、短弓、鎧兜、短弓などモンゴル製の珍しい武具が展示されています。

館内は入場者もまばらで静かなので、ゆっくり見学して廻ることができます。

隣のブロックでは、敵国降伏を祈願した亀山上皇の銅像もあり、ストレッチする人を見かけます。

小春日和ののどかなひと時です。

戎衣
元寇戎衣(戦闘用防護服)

皮鎧、短弓、鎧兜
元寇皮鎧、短弓、鎧兜

短弓
元寇短弓


元寇兜3

吉や凶の意味合い

占いに限らず、日常用語でも吉といい凶といいますが、吉凶の具体的な意味あいになると、はて?と首をかしげるところです。

吉凶を他の日本語に変換するとどうなるか、「中国の思想Ⅶ 易経」(丸山松幸訳)によると以下のようになります。

※             ※

吉~幸いがある。
凶~禍がある。
悔~後悔するようなことになる。
吝~人の非難を受けて行きづまる。
咎なし~欠点はあっても咎めを受けるようなことはない。

ほかに「大川を渉るに利ろし。」とか「往くところあるに利ろし。」など慣用句に注目することが易経理解の早道でもあります。

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