高野白山の九州易占塾

徒然の記

占いの効用

易占いやタロットに限らず九星気学も含めて、占いの効用には、進路選択もさることながらほかにも人間性あるいは事物の本質把握があります。
古代ギリシャの賢者は、「汝自身を知れ」と教えたそうですが、実は、自分が何者であるか理解するのは思うほど容易なことではありません。

八卦の思想と九星気学のデータを組み合わせた性格判定法である傾斜法を使えば、自分であれ他人であれ、その人物の好みや憧れなど心理の深い部分を知ることができるし、宿命のありようを調べると、人物の本質部分も把握できます。
本命星による九星性格論も五行による相性論も己を知るための有力な手段の一つです。

占いは広い意味では、シンクロニシティを活用した占いと連綿と続いたデータの蓄積結果である統計に分類できます。
易やタロットは、説得力がある指針が次々と出てくるし、九星気学や姓名判断は統計であってもその真実性を無視することはできません。

ブラ高野~浅草フランス座

浅草フランス座演芸場東洋館(東京都台東区)は、かつては浅草フランス座という名称のストリップ劇場でしたが、現在は、漫才、漫談、浪曲などいろものを中心とした演芸場になっています。
落語寄席である浅草演芸ホールと同じビルの4階に入り口があります。
浅草フランス座では、ストリップ興業の幕間にコントや漫才がありましたが、この劇場から渥美清、ビートたけしをはじめとして萩本欽一、東八郎、伴淳三郎というスターたちが誕生しました。
下積み時代のビートたけしは、エレベーターボーイとして勤めながら、深見千三郎に弟子入りし、芸人への第一歩を踏み出すことになります。
この時にコントやタップダンスを学び、ビートきよしと漫才コンビのツービートを結成し、放送禁止用語を無視するなどしてお笑い界に一大旋風を起こしました。
浅草六区にはほかにも演芸場があったはずですが、この劇場から日本の喜劇界をけん引する錚々たる、野性味あふれる芸人たちが輩出したのが不思議です。

浅草フランス座演芸場東洋館

ブラ高野~蒙古軍船碇石

西暦1274年及び1281年に、蒙古、高麗の大船団が九州沿岸に押し寄せ、侵攻してきました。
当時の軍船碇石が筥崎宮に保存されていますが、全長3m程度の花崗岩でできており、両端をやや狭く削っています、。
表面全体に加工痕があり、中央部分に二つの溝が掘り込まれ、碇としてバランスを取り、船を固定するための工夫がみられています。
筥崎宮一の鳥居をくぐって、すぐ右側にあり、2個の碇石のうち手前の碇石が福岡県有形文化財の指定を受けています。

碇石

碇石組立て図

 

 

繋辞下伝~周の文王

易の凄みは、繋辞下伝(けいじかでん)で次の文章に集約されています。
易の指針に従えば安心して進んでいいが、従わなかった場合は、凶の事態を覚悟しなければならない、ということでしょう。

「易の盛んになったのは、殷の末期か徳の盛んな周の初期であろうか。周の文王と殷の紂王の時期であろうか。文王のつくった易の言葉は、厳しいアドバイスが多いが、危ぶみ畏れる者は安心させ、侮る者は傾き衰えさせる意図が隠されている。この意味で、易の道は甚だ広大である。百の事態でももれなく触れ尽くして余す所がない。畏れ慎む心構えで終始すれば、結局咎なしとなる。これが易の道である」

○書き下し文
「易の興るや、それ殷の末世、周の盛徳に当たるか。文王と紂との事に当たるか。この故にその辞危うし。危ぶむ者は平かならしめ、易(あなど)る者は傾かしむ。その道甚だ大にして、百物廢れず。懼れてもって終始すれば、その要は咎なし。これをこれ易の道と謂うなり」

ブラ高野~寅さん記念館

江戸川沿いにある柴又公園に隣接する寅さん記念館(東京都葛飾区)には、映画「男はつらいよ」にちなんで、松竹大船撮影所から移設した団子屋「くるまや」や「朝日印刷所」のセットを展示しており、ほかに映画の名場面を紹介した映像コーナー、映画で使われた実物の革カバンなどの展示コーナー、記念撮影コーナーなどがあります。
映画「男はつらいよ」の初期作品では、団子屋「くるまや」はセットではなく、高木屋老舗がそのまま使われていました。
この店の草団子はおやつにちょうどいい、ほどよい甘さです。

寅さん記念館特別展

高木屋老舗看板

草団子

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