高野白山の九州易占塾

徒然の記

ブラ高野~黒田如水

黒田如水(くろだじょすい 1546年~1604年)は、初代福岡藩主黒田長政の父親です。
といっても、ただの戦国武将ではなく、関ヶ原の戦いでは東軍の勝利を見込み、九州の西軍大名を攻撃していました。
天下への野望を隠しつつ、徳川家康と一戦交えるつもりだったのでしょう、東軍の味方を装いながらも各地で兵を募っていたようです。
しかし、あっけなく勝敗が確定したので、出番がなく傭兵部隊を解散するほかありませんでした。

豊臣秀吉からその野心を見抜かれたので、直ちに跡目を息子の長政に譲り、隠居したというエピソードの持ち主です。
晩年は、チラリとも本心を見せず、隠居所の御鷹屋敷(おたかやしき)でご隠居様、と子供達に慕われながら太宰府や京都を往来し、流れる水のように淡々と生涯を終えました。
九州とは縁もゆかりもありませんが、松尾芭蕉の名句は如水公ご無念の想いを追憶しているかのように思えてなりません。

「夏草や 兵どもが 夢のあと」~松尾芭蕉
※兵の読み方は、「つわもの」

御鷹屋敷跡記念碑

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