高野白山の九州易占塾

徒然の記

易とは何か その19~周の文王

○周の文王
易の盛んになったのは、殷(いん)の末期か徳の盛んな周の初期であろうか。周の文王と殷の紂王の時期であろうか。文王のつくった易の言葉は、厳しいアドバイスが多いが、危(あや)ぶみ畏(おそ)れる者は安心させ、侮(あなど)る者は傾き衰えさせる意図が隠されている。この意味で、易の道は甚だ広大である。百の事態でももれなく触(ふ)れ尽くして余す所がない。畏(おそ)れ慎む心構えで終始すれば、結局咎なしとなる。これが易の道である。

○書き下し文
易の興るや、それ殷(いん)の末世、周の盛徳に当たるか。文王と紂(ちゅう)との事に当たるか。この故にその辞(じ)危(あや)うし。危(あや)ぶむ者は平(たいら)かならしめ、易(あなど)る者は傾(かたむ)かしむ。その道甚(はなは)だ大にして、百物(ひゃくぶつ)廢(すた)れず。懼(おそ)れてもって終始すれば、その要(よう)は咎(とが)なし。これをこれ易の道と謂(い)う

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