NPO法人九州易学開運学院

徒然の記

易経と孔子

1 概要
易経は今から3,000年前にできた周時代の予言書であるが、孔子はそれから500年して生まれた儒者である。
両者の関係を露わにするエピソードは次の通りである。
2 易経と史記
孔子、晩にして易を好み、彖・繋・象・説卦・文言を序す。易を読むに韋編三たび絶つ。
曰く、
「我に数年を仮し、是(か)くの若(ごと)くせば、我、易に於いては則ち彬彬(りんりん)たらん」と。
史記(司馬遷著)
高野白山訳:
孔子は晩年になって易を好み、彖伝、象伝、説卦伝、繋辞伝、文言伝を整理した。易経を繰り返して読んだので、革の綴じひもが3回切れた。孔子がいうには「あと数年あってこのように研鑽できれば、私は、易の道理を極めるであろう」
易経の解説書である「彖・繋・象・説卦・文言」のうち、繋(繋辞伝)のみは思想書として白眉であるが、小賢しく無用の注釈も数多い。
どんな使い方をしたかわからないが、革の綴じひもが三回も切れるはずがないだろう、と思う。
文化の癖として、インド人の神秘好き、日本人の閉鎖好きとともに、中国人が虚飾を好むのは今に始まったことではないのである。
3 易経と論語
孔子の言葉として、論語に「子曰はく、我に数年を加し、五十にして以て易を学ばしめば、以て大過無かる可し」
論語(孔子言行録)
高野白山訳:
「孔子が言うには、私にあと数年の寿命があり、50歳になるまでに易を学び尽くしたならば、私の人生に大きな過ちはないであろう」
たしかに易経は人生の正しい指針を教えるのは間違いない。この点だけは私も孔子と同意見である。

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