高野白山の九州易学開運学院

徒然の記

鉄器の意味

中国史を読んでいると、春秋戦国時代の大国である楚、燕、斉、趙、韓、魏の六国が滅亡したのは、BC230年からBC221の間で、将棋倒しのようにあっけなく滅亡したという印象を受けます。

秦に対抗するための六国連合である合従策や刺客荊軻のエピソードなど面白い話があるものの、なぜ550年間も続いた春秋戦国時代がわずか9年間で六国が滅び、終了したのか、歴史書は沈黙しています。

秦という統一政権が勃興した原因は、鉄器の普及に関係するのではないか、とみています。

鉄器は、農業生産力を上げ、豊かな生活と人口増と冨をもたらし、当然軍事力も増大します。

鉄製品は、BC16世紀頃にアナトリア半島のヒッタイト帝国で初めて製造されましたが、BC12世紀、ヒッタイト帝国の滅亡とともに鉄は、燃料となる森林を求めてアジア大陸を西進していきます。

中国大陸の一番奥、西方に領土があった秦は、優れた統治形態である中央集権制度や法治主義、また遠交近攻策という戦略の採用とあいまって、鉄製造法の流入と鉄器の活用により、戦国七雄のなかでずば抜けた国力を持ち、青銅器しか知らない黄河流域の六国を滅ぼすことができた、と考えると、春秋戦国時代の終焉は、鉄器文明が青銅器文明を駆逐した証しである、と思っています。

世界は、いまだに鉄器時代が続いています。

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