対馬小路は、つましょうじ、と読んで福岡市博多区にある地名であるが、この地名は戦国時代、ここに対馬藩の蔵屋敷があったことに由来する。
この町は、1587年、戦乱で荒廃した博多を復興させるために行われた都市計画である、太閤町割りによる小路の一つとして誕生した。
当初は上・中・下の三町に分かれた長い縦筋町であった、という。
今では、北は築港本町、南は神屋町、東は古門戸町と接し、西は那珂川の河口近くに接している。
徒然の記
ブラ高野~対馬小路
人の生死に関する占い
どんなことでも占ってよいのではなく、ギャンブルや不倫、特に寿命を占ってはいけない。
ちなみに死を暗示する八純卦及び帰魂、遊魂の卦のほか墳墓の卦というものもあるが、これらは用語だけを知っておけば十分である。
1 八純卦(はちじゅんか)
上卦と下卦が同じ、すなわち同じ小成卦が二つ重なった乾為天、離為火、兌為沢,、震為雷、巽為風、艮為山、坎為水、坤為地が八純卦である。やむを得ず、重病、重症の場合に限って生死を占って八純卦が出た場合は、病人は 死を免れない。
2 帰魂(きこん)の卦
五爻をひっくり返すと上卦と下卦が同じ八純卦(次頁)となる卦を帰魂の卦という。 帰魂の卦は、火天大有、天火同人、雷沢帰妹、沢雷随、山風蟲、風山漸、地水師、 水地比の八つである。 八純卦と同様に帰魂の卦が出た場合は、死が近いといわれている。
3 遊魂(ゆうこん)の卦
下卦を裏返すと帰魂の卦となる場合を遊魂の卦という。火地晋、天水訟、雷山小過、 沢風大過、山雷頤、風沢中孚、地火明夷、水天需の八つである。 帰魂の卦と同様に遊魂の卦が出た場合も死が近いといわれている。 遊魂の卦のうち、火地晋を例にすると、この下卦を逆転させると、帰魂の卦(火天大有)となり、火天大有の五爻を直線にすると、八純卦(乾為天)となる
ブラ高野~ツバメの巣
陰陽消長十二卦(いんようしょうちょうじゅうにか)
いのち(命)は、発生、成熟、死滅、再生の営みを繰り返すが、これを象徴したのが易経六十四卦のうち下記の陰陽消長十二卦である。
易経は、天地の法則は陰と陽の絶え間ない循環と変化である、と考えているのである。
冬が去ると、春になる。陽気が増大し夏になると、次は秋が来て、また寒い冬になる。
自然の推移は、易経が陰陽消長十二卦で表すように全地球のルールなのである。
坤為地 ➡ 地雷復 ➡ 地澤臨 ➡ 地天泰
(大地) (復活) (希望) (安泰)
雷天大壮 ➡ 澤天夬 ➡ 乾為天 ➡ 天風姤
(加速) (決断) (栄華) (出会い)
天山遯 ➡ 天地否 ➡ 風地観 ➡ 山地剝 ➡坤為地へ戻る
(引退) (否定) (観察) (崩壊) (大地)
ブラ高野~福岡県立図書館
九星気学の意義
1 意義
九星気学は西洋占星術と違って地上に想定した九つの星により方位の吉凶、運勢の変転
性格判断、人間同士の相性を判定する思想と技術である。
2 九星の名称と読み方
一白水星~いっぱくすいせい
二黒土星~じこくどせい
三碧木星~さんぺきもくせい
四緑木星~しろくもくせい
五黄土星~ごおうどせい
六白金星~ろっぱくきんせい
七赤金星~しちせききんせい
八白土星~はっぱくどせい
九紫火星~きゅうしかせい
3 後天定位盤による九星の位置と方位
西北~六白金星
北~一白水星
東北~八白土星
東~四緑木星
中央~五黄土星
東南~三碧木星
南~九紫火星
西南~ニ黒土星
西~七赤金星
ブラ高野~川上音二郎生誕記念碑
オッペケペー節の川上音二郎は、1864年に福岡市博多区古門戸町の商家に生まれた。
この人は、外国で日本劇を演じたり、劇作をするなど新派の創始者であり、貞奴(さだやっこ)夫人とともに演劇史上に大きな功績を残した。
川上音二郎生誕記念碑は沖濱稲荷神社境内に建てられており、博多座に出演する俳優がお参りする姿も見られる、という。
この神社には大同元年(806年)に唐から帰朝した空海(弘法大師)が船旅の疲れを癒すために立ち寄り、第一歩を印し衣を掛けた「衣掛の松」があったとも言われている。
オッペケペー節の出だしは次の通りである。
「権利幸福きらいな人に。自由湯(とう)をば飲ましたい。オツペケペ。オツペケペツポー。ペツポーポー。
・・・・・・外部(うはべ)の飾(かざり)はよいけれど政治の思想が欠乏だ。天地の真理が解(わか)らない。心に自由の種を蒔(ま)け。オツペケペ。オツペケペツポペッポーポー」
※新派~旧態依然とした歌舞伎に対抗した新しい演劇の名称、明治時代中期に始まった。金色夜叉や不如帰(ほととぎす)という名作がある。
方位の意味 その3 東南、西南、西北 中央
⑴ 東南
東南は四緑木星が位置する場所である。季節では初夏、植物も動物も勢いよく成長し活気が充満する所である。十二支では、辰(たつ)と巳(み)の接点である。
八卦では巽(そん)の位置である。
・巽は、ものを整えていく、運んでくる、という意味があり、風でもあるので、どんな隙間でも入り込む性質があり、これを伏入(ふくにゅう)という。
・巽は、家族では長女の場所である。また部下、使用人、社員の場所でもあり、勤勉、忠実を表し、利益を生むので、昔から商人が商売繁盛を願った方位である。
・ここは西南と同様に大張りや欠けがあると胃腸病の原因ともなる方位である。
・事業家が東南にトイレがある家に住むと、社員による使い込みや契約不履行(けいやくふりこう)により損失を受ける。事業家は社員の場所である東南にトイレを設置してはいけない。
・東南を理解するキーワードは、風の性質である伏入(ふくにゅう)である。
⑵ 西南
西南は二黒土星が位置する場所である。太陽が傾く方位で、西日の影響による大気が充満してくる所である。十ニ支では、未(ひつじ)と申(さる)の接点である。
八卦では、坤(こん)の位置である。
・坤は、母を表し、一家を支える母親が家事をする根拠となる場所である。
・すっきりした西南面を持つ家では、主婦は非常に健康、よく働き、もくもくと子育てをして、一家の財産形成に貢献する。
・また坤は生命を育てる豊穣の大地、地球そのものの働きを表現する所であり、無から有、形のないものから形のあるものに育てていく、という重要な意味がある。
・西南を理解するキーワードは、母と大地である。
⑶ 西北
西北は六白金星が位置する場所である。季節では、晩秋から初冬、その年に収穫した穀物を蓄える時期である。十二支では、戌(いぬ)と亥(い)の接点である。
八卦では、乾(けん)の位置である。
・乾は、天を意味する。一家の主人、一家を司(つかさど)る人を表す方位である。
・ここはものを守り、家を守り、大きな愛情を示す場所である。愛情のうち、与える愛情、施す愛情が特徴である。また慈悲深さや宗教心も表す。
・自分を守ってくれる天や自然の愛情を表現するのが乾(いぬい)であり、地位、立場など大きな権力を意味し、乾(いぬい)なくして人の上に立つことはできず、競争に勝つこともできない。多くの恩恵を与えてくれる方位である。
・西北を理解するキーワードは、父と天である。
⑷ 中央
易では、中央を太極(たいきょく)といい、ここは家の大黒柱、主人の場所である。中央は強い運勢をもつ五黄土星の位置である。
・家の中心には、空洞を意味するトイレ、浴室、家具(整理ダンス)、家電製品 (冷蔵庫)を置いてはならない。
・家の中央を宅心というが、宅心が欠けている、すなわち宅心に空洞があるとその家は一家離散する。
・家の中央にトイレがある場合は、体を壊す。人体の中心部分である心臓、胃、腸が悪くなる。特に一家の主人、あるいは後天定位盤の中心にある五黄土星生まれの人が影響を受けやすく、また使い勝手が良くないこともありその住宅に住めなくなる。
・中央を理解するキーワードは、空洞である。
ブラ高野~紫陽花(あじさい)の季節
方位の意味 その2 東北
⑴ 東北
東北は八白土星が位置する場所である。ここは陰と陽の境目であり、暗と明、静と動が同時に起こる複雑な方位である。陰暦ではこの方位を丑寅(うしとら)と呼び、丑寅の艮といえば鬼門を指していたのである。
・ここは陰から陽へ変化する場所であり、万物の終わりと始まり、というとらえ方をする場所である。
・一般的には、家相の陰陽では、土地は男の働きで陽、家は女の働きで陰とみるが、鬼門は陰と陽が同時に起こる場所である。
・鬼門の難しさは、土の働きとして変化と停滞(反変化)が同時に作用するところであり、ここに限っては家の改造は不可、欠けはもちろん張りも最悪の結果を招く。
・鬼門は、相続人の場所でもあるので、増改築で形を変えた瞬間から身内同士の相続争いなど不幸を呼び込む変化がおこる。
・鬼門は、また親戚や兄弟など身内の意味があるので、鬼門のトラブルは、時代を超え、地域に関係なく、世代交代のたびに広く長く続く。
・鬼門に張りも欠けもつくらず普通にしておけば、強欲になることもなく、相続で争うこともない。
・鬼門の方向にある蔵を壊すと、その家は次の代まで持たず、一代で没落するといわれている。
・鬼門を理解するキーワードは、変化と停滞(反変化)という対立・矛盾するエネルギーである。
※丑寅の艮の三畳
・昔から東北(丑寅)に三畳間をつくると、主人の自死や心中をまぬがれない、といわれている。この間取りを丑寅の艮の三畳という。







