高野白山の九州易占塾

徒然の記

ブラ高野~瀬戸大橋(せとおおはし)

瀬戸大橋は、本州の岡山県倉敷市と四国の香川県坂出市を結ぶ合計10の橋の総称である。
3ルートある本州四国連絡橋のうち児島・坂出ルートにあり、橋の大部分は香川県に属する。
この橋は、1988年(昭和63年)に全線開通したが、四国と本州を初めて道路、鉄道で結んだ記念すべき橋であり、また鉄道道路併用橋としても世界最長で、2015年のギネス世界記録にも認定されている。
2017年には日本の20世紀遺産にも選定された。

瀬戸大橋構造物

暦の見方 その3~土用

1 意味
四季の直前は、大気変化の兆候がでるといわれ、季節の変わり目に体調を整える準備期間であり、これを土用という。土用の期間は通常は18日間である。
土用が明けると春、夏、秋、冬という新しい四季が始まる。
年に4回ある土用は、冬の土用は春に向けて、春の土用は夏に向けて、夏の土用は秋に向けて、秋の土用は冬に向けて体力、抵抗力をつけるための時間でもある。
医療が今ほど発達していなかった時代に発見した、先人たちの知恵である。

2 期間
令和3年の土用は次の通りである。
・秋の土用~10月20日から11月6日まで
・冬の土用~1月17日から2月2日まで
・夏の土用~7月19日から8月6日まで
・春の土用~4月17日から5月4日まで

ブラ高野~若松南海岸通り

若松南海岸通り(北九州市若松区)は、洞海湾に面して若戸大橋すぐ下の湾岸沿い、歩きやすいので散歩する人もちらほら見かける。
ここは大正期の建物も残り、時には映画の撮影にも使われる撮影スポットとしても有名であるが、恵比須神社、若戸大橋、上野ビルや旧古河鉱業若松ビル、石炭会館、ごんぞう小屋など古くて懐かしい建築物が点在している。
かつての神戸や横浜のメリケン波止場を思い起こさせるほど詩情豊かな空間である。

若松南海岸通り

暦の見方 その2~お盆の種類、時期

お盆の種類は、旧盆、7月盆、8月盆の3種類である。
旧盆は、旧暦により明治4年まで設定していたお盆である。
旧盆の7月15日は新暦になると毎年8月下旬から9月上旬を移動する。
令和3年の旧盆は、8月22日である。
7月盆は、旧盆の日付けを変更せずに新暦でも7月15日としたものの、農繁期に重なるので、使い勝手が良くない。
7月盆を単に1箇月ずらしたのがなじみのある、月遅れの8月盆である。

・旧盆  旧暦の7月15日
新暦では毎年8月下旬~9月上旬となる。毎年ずれるのでわかりにくい。

・7月盆 新暦の7月15日
農繁期に重なる。

・8月盆  新暦の8月15日

ブラ高野~庚申(こうしん)塚

庚申(こうしん、かのえさる)は、六十干支の一つで、57番目である。したがって、60日のうち1日は庚申となる。
庚申信仰は、中国伝来の道教をもとに、密教・神道・修験道が混淆(こんこう)し、地元の寄合い制度に組み込まれた土俗習俗である。
庚申の夜は、三尸虫(さんしちゅう)という虫が、眠っている間に天帝という神様に悪事を報告しないよう眠らず徹夜して過ごしていた。
これを庚申待(こうしんまち)という。庚申待を記念した庚申塚が日本各地に建てられている。
地域によっては庚申待は数百年間続いたが、大正年間まで各地で行われていたことを考えると、日本文化の重層的な陰影の濃さを垣間見ることができる。

庚申塚(福岡市西区徳永公園)

暦の見方 その1~仏滅

1 仏滅(ぶつめつ)の由来
仏滅は、六輝(ろっき)の一つである。中国では「虚亡」(きょぼう)あるいは「空芒」(くうぼう)とも言われていたが、これをものみなむなしいと翻訳して「物滅」と書いていたのを「仏滅」の字をあてたのである。
仏滅は六輝の中で最大凶とされ、毎月5~6回仏滅の日があり、婚礼など慶事を避ける習慣があるが、なぜ忌日なのか、仏滅というものの、仏教と無関係である。
新暦4月の仏滅は以下の通りである。
新暦4月の仏滅~2日、8日、13日、19日、25日
これに対応する旧暦の仏滅は以下の通りである。
旧暦2月~21日、27日
旧暦3月~2日、8日、14日

※六輝(ろっき)
六輝は、六曜ともいう。
大安(たいあん)・赤口(しゃっこう)・先勝(せんしょう)・友引(ともびき)・先負(せんぷ)・仏滅(ぶつめつ)の6種類を毎日繰り返すのである。
六輝の順番は次の通りである。
大安→ 赤口→ 先勝→ 友引→ 先負→ 仏滅

 

ブラ高野~大国主(オオクニヌシ)の無念

島根県出雲市の日本海に広がる稲佐(いなさ)の浜は大和朝廷と出雲朝廷が最後に談判した場所である。稲佐という地名の由来は、
降伏しないのは、いな(稲)
降伏するのは、さ(佐)
稲佐の浜で大和朝廷軍は大国主に降伏するかどうか、いな(稲)、か、さ(佐)、か、と迫ったのである。

大国主は最後には二人の息子(コトシロヌシ、タケミナカタ)を失った。
コトシロヌシは、天の逆手(呪いの柏手)を打って自死したのであろうか。
タケミナカタも日本海を渡って長野県諏訪地方まで転戦したが、健闘むなしく敗死し諏訪大社のご祭神として祀り上げられ、封じ込められたのである。

国譲りが平和裡に行われたというような非常識をいってはいけない。
大国主をご祭神にした出雲大社の巨大さはどうであろう。
本殿の高さは24m(8丈)もある。
かつて本殿の高さが約96m(32丈)あったとは信じられないが、半分の48m(16丈)であれば、当時の技術でも充分可能だったはずである。

本殿では、大国主は参拝者にそっぽを向いて西方稲佐の浜に向いて祀られている。
実は参拝者は、正面に位置する、大和客神五柱と呼ばれる神々に向かって礼拝しているのである。
死を象徴する四拍手も含めて、神々の配置は、大和朝廷の悪意によるのであろう。

平安時代に発行された子供用の教科書である口遊(くちずさみ)によると、一番大きい建物が出雲大社、次が奈良の東大寺、三番目が京都御所の大極殿である。
これを「雲太、和二、京三」という。

日本一大きな神殿をつくって、なぜ大国主を祀り上げる必要があったのか?
大和朝廷が大国主の怨霊をかくも恐れる理由は何か?
大国主がどんな死に方をしたのか文書の記録は残っていないが、コトシロヌシ、タケミナカタの死にざまをみて、想像することは可能である。

稲佐の浜と弁天島

変爻(へんこう)について

1 変爻とは?
最初に出た大成卦を本卦(ほんか)というが、本卦の爻が直線の場合は断線に、断 線なら直線に変換する作業を変爻という。
変爻した結果を伏卦(ふっか)という。
易解釈におけるテーマの本質に迫る、追求の手段である。
本卦は現象、伏卦は本質を表す。

2 変爻を行う場合
変爻は次の場合に行うことがある。

⑴ テーマと易の結果がずれていると思われる場合

⑵ 易の結果が意味不明でわからないと思われる場合

⑶ テーマの本質や裏事情を知りたい場合

3 思想的根拠
変爻の思想的根拠は、直線の陽は、陰の要素を内包して、陽の性質を持たまま陰 に変身し、断線の陰は陽の因子を含みながら、陰の性質を持たまま陽に変移する という循環・変化の思想である。現実認識論として秀逸である。

4 具体例

⑴ 火地晋の上爻は直線であるが、これを断線に変えると雷地予の上爻となる。

本卦 火地晋の上爻
伏卦 雷地予の上爻

⑵ 地澤臨の三爻は断線であるが、これを直線に変えると地天泰の三爻となる。

本卦 地澤臨の三爻
伏卦 地天泰の三爻

ブラ高野~室見川 その2

室見川は、160万都市福岡市の西区を貫流し博多湾に注ぐ清流である。
かつて護岸工事をする前は、台風の後になると砂洲に水たまりができ、取り残されたうなぎや鯉、鮒が面白いように獲れた時もあった。
川の上流には福岡市の水源である曲渕ダム〈大正12年竣工〉があり、そのさらに上流は八丁川と呼ばれ、野河内(のごうち)渓谷の美しい渓流が続く。

今でも川が澄んできれいなのは地元、行政、議会の熱意によるものである。
農耕地の広がる中流部は「ホタルの里」として知られており、1989年に「室見川中上流一帯のほたる」が、環境庁の「ふるさといきものの里100選」に選定された。
下流部の市街地では延5kmの室見川河畔公園が作られ、市民の憩いの場となっている。この公園は、1983年度に「福岡アメニティ百選」の一つに選定された。
河口の干潟では今でも毎年2月になると名物の白魚(しらうお)が博多湾からのぼってくる。

上流(野河内渓谷方面を臨む)

下流(シーサイドももちビル群を臨む)

天地否と地天泰の謎

天が上にあり、地が下になるというノーマルな形の天地の卦が否定を意味し、逆に地が上にあり天が下になる、という地天の卦が安泰を意味するのはなぜか?
天地否は柔である地の上に、剛である天が乗り、地は今にも押しつぶされそうで不安定感を表し、地天泰は、剛である天の上に、柔である地が乗っているためバランスがとれ平穏である、とみるのである。
これは易経独特のバランス感覚である。

⑴ 天地否
否の熟語は否定、否認、拒否がある。

卦辞は、
「否(ひ)は、之(こ)れ人に匪(あら)ず。君子の貞に利ろしからず。大(だい)往き小(しょう)来る」
卦辞の意味は、
「まともに人のとるべき道が行われない。君子であっても正しいことが通用しない。見識ある立派な人は去っていき、つまらない小人(しょうじん)がやってくるからだ」

算木の形をみると、上に直線で重い剛があり、下が断線で軽い柔となっている。剛が柔を押しつぶすという将来の危機を告げているのである。
あるいは乾(天)は上へ上り、坤(地)は下へ下るので、天地分裂ともいう。

⑵ 地天泰
泰は、おおきい、やすらか、という意味で、安泰、泰然、天下泰平という熟語がある。

卦辞は、
「泰(たい)は、小(しょう)往き大(だい)来る。吉にして亨(とお)る」

卦辞の意味は、天地否と逆で、
「つまらない小人(しょうじん)は去っていき、見識ある立派な人がやってくる。吉にして通る」

地天の卦は、上に断線の軽い柔が乗り、下では直線で重い剛が支えるので、バランスがとれているとみるのである。

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