日向水木の名の由来は、日向の国に多く植えられていたから、という説と明智日向守の領地であった丹波の国に自生していたから、という説があるようです。
高さは2m程度になりますが、この木の特徴は、枝、花、葉が小さい事です。
桜ほどの派手さはありませんが、春の到来を知らせる使者と思っていいでしょう。
日向水木の名の由来は、日向の国に多く植えられていたから、という説と明智日向守の領地であった丹波の国に自生していたから、という説があるようです。
高さは2m程度になりますが、この木の特徴は、枝、花、葉が小さい事です。
桜ほどの派手さはありませんが、春の到来を知らせる使者と思っていいでしょう。
黄色いバラをみると、山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」という40年前の映画を思い出します。
刑務所を出た男(高倉健)が夫人と再会するまでのラブストーリーですが、武田鉄矢の博多弁による演技が光っていました
黄色いバラの花言葉は、献身、友愛、美だそうです。
白木蓮は、モクレン目モクレン科モクレン属の落葉高木ですが、毎年3月になるといっせいに百合のような清楚な白い花を咲かせます。
花言葉は、気高さや高潔さ、イギリスの植物学者が、枝の先に百合の花が咲いている、といったそうです。
乾と坤はどう違うのか、繋辞上伝に書いているので参考になります。
○乾と坤の違い
生成の連続したさまを易といい、万物の形象をつくる働きを乾といい、乾の働きを受けて形象のルールを定める働きを坤という。
数の機能を極め尽くし、未来を予知する手段を占いといい、占いによって変化に通じる行為を事というが、陰陽変化の予測できない働き、これが易の神秘性である。
○書き下し文
生生(せいせい)これを易と謂い、象を成す、これを乾と謂い、法を效(いた)す、これを坤と謂う。数を極め来を知るこれを占と謂い、変に通ずることを事と謂い、陰陽測られざる、これを神(シン)と謂う。
はかた伝統工芸館(福岡市博多区)は、地元博多に関係する工芸品の展示施設です。
博多独楽や鋏をはじめとして6品目の見本が常設出品されています。
入場無料、また企画展もあり、喫茶コーナーも併設しています。
福岡市地下鉄中洲川端駅から散歩ルートとしてもちょうどいいくらいの距離にあります。
易経は我々が住む世界をどうみているか、という疑問解明のとっかかりとするため、六十四卦の卦辞について吉凶を調べると、六十四卦のうち吉が二十六卦、凶が二十五卦、吉凶不定が十三卦でした。
吉と凶がほぼ同数であり、卦辞でみる限り易経は、この世界を吉凶のバランスがとれた安定した状態だと認識している、とみていいでしょう。
無筮立卦法は、筮竹など易占用具がない場合、広告看板の数字や住居表示番号、携帯番号、時刻表等を活用したり、あるいは頭に思い浮かぶ数字をもとに易を立てる方法です。
ルールは、1~8までの最初に決めた数字を下卦、二番目に出た数字を上卦に置き、三番目は1~6を選んで、爻とするという手順になります。
二爻か五爻であれば、概ね吉と考えていいでしょう。
幕末、高島呑象先生は、岩手県北上山中の仙人峠で休息中に鳥の鳴き声を聞いて易を立てましたが、一声鋭く鳴いて次に七声、そして3回目に六声聞こえました。
鳴き声の数は、1、7、6となるので六十四卦のうち、山天大蓄の六爻となります。
山天大蓄の六爻は、
天の衢(ちまた)を何(にな)う。亨る。
意味は、
広大無辺の天の道を体得し、自在に行動できる。道大いに行える。
高島呑象先生は、山天大蓄の卦が出たからにはこの山に大量の鉄鉱石が埋蔵されている、と推定しましたが、これが後日明治政府による釜石鉱山発見の端緒となりました。
易経六十四卦のうち、「水雷屯」、「坎為水」、「水山蹇」、「澤水困」を四大難卦(よんだいなんげ)といいます。
テーマに応じて無数にある解釈の一例を挙げると、水雷屯は、結婚は不可、坎為水は、投資詐欺にご用心、水山蹇は、足の怪我、澤水困は、生活苦が始まる、となります。
ただ、易経は、絶え間ない循環と変動を思想の根底においているため、万一四大難卦が出ても悲観することはありません。
今が悪くても将来は必ず良くなるのだ、と思って、これを軽いアドバイスと受けとめ、充分に用心しながら対処すればいいし、もちろん中止してもかまいません。
占いは、行動のヒントであり、指針だからです。