高野白山の九州易占塾

徒然の記

九星気学の成立

九星気学における九つの星は、一白水星や二黒土星という名称はついているものの、占星術と違って夜空に輝く星ではなく、地上の方角ごとに想定されたバーチャルな星です。
九星気学の端緒は、東、西、南、北、東北、東南、西北、西南及び中心部あわせて九つの方位に星の名称をつけ、配置したことに始まり、これを九星術と呼びます。
九星術の発生時期は、不明であるものの、方位の吉凶を調べるうえで、優れた論理性を持った手法でした。
単なる道しるべであった九つの星は、やがて人の一生を支配する生まれ星という概念の発明によって、方位学から飛躍して運勢や性格については、人生を八つの局面に分けて叙述する八卦の思想を取り入れたり、また相性判断では、五つの元素から成り立つ宇宙を思想化した五行の原理と結びつきながら、ついには次の内容について判定するようになりました。

1 方位の吉凶(九星術)
2 運勢変転の原則(八卦)
3 性格判断(八卦)
4 相性判断(五行)

ここに九星術、八卦、五行を総合した九星気学という日本運命学の新たな統一体系ができ上がったのです。
九星の創始者たちは、満天の星をみて、地上に想定した星もぐるぐる廻りながら方位の善し悪しや運勢、人間性や人間関係を決めていく、と思い至りました。
九星気学は、八卦や五行のように確固とした思想・原理があるわけではなく、実情は、民間土俗伝承の一つですが、データ蓄積に基づく判断法なので、占いではないものの、特に運勢の変転、性格判断、相性判断では8割程度的中することを考えれば、的中率の高さから隠れたえにしをこの世界へ引っ張り出す運命学の白眉といって差し支えないでしょう。

ブラ高野~聖橋

JR御茶ノ水駅東側から神田川にかかる聖橋(ひじりばし)は、優美な放物線を描くアーチ橋で、昭和2年(1927年)に完成しました。
聖橋の名称は、当時の東京市が公募し、神田川の北に位置する湯島聖堂(孔子廟)と南にそびえるニコライ堂(ギリシャ正教会)という二つの神聖な建築物にちなんでと命名されました。
聖橋は神田川から見上げた時に美しく見えるようにデザインされているといいますが、御茶ノ水駅のホームから見てもカーブを描いた曲線美の世界を堪能することができます。

聖橋
聖橋

 

 

九星同会法

同会法は、後天定位盤の上に年盤、年盤の上に月盤、月盤の上に日盤、日盤の上に刻盤を重ね合わせ、運勢を予測する手法です。
年運を出す場合は、上にある年盤の本命星が下の後天定位盤のどこに位置するか、どこに重なるか調べて判定します。
例えば本命星七赤金星の人の年運は、年盤を後天定位盤の上に乗せ、年盤の七赤金星が下にある後天定位盤のどの星に乗っているかを調べると、平成27年は、九紫火星の上に乗っているのがわかります。
この場合、九紫同会あるいは離宮同会といいます。
すなわち、平成27年は、七赤金星が火炎、華麗、露見、離合集散を象徴する離宮(りきゅう)にかぶさりますが、離宮は、陰が陽と入れ替わる位置なので、表面的には華やかですが、心理上は、むなしさを感じ続ける年になります。
露見の作用が働くので、秘密にしておきたいことがあらわになったり、善いことも悪いことも表面化し、万事はっきりと明白になります。
社会運では、今年は、年盤の中心部に位置する三碧木星に震の意味があるので、自然現象としては地震や火山の噴火、大暴風雨等日本だけでなく地球規模で多発する年になりそうです。
なお、大きな音を出す音楽や電波に関係するもの、色では青色の装飾品や紺系統の大柄模様の服が流行するでしょう。

ブラ高野~旦過市場

北九州市の台所を賄う小倉の旦過市場は、博多の柳橋連合市場よりも規模が大きく、鮮魚・青果・精肉・惣菜など200以上の店舗でいつも賑っています。
大正時代のはじめ、隣接する神嶽川から魚の荷揚げ場として始まり、その後、田川・中津など郊外野菜の集積地となったことで市場として成立しました。
入り口にはアーケードがあり、通りをはさんで魚町商店街に向き合っています。
値段が極端に安い品物があるので、プロの料理人も買い付けに来るそうです。

旦過市場入口
旦過市場アーケイド

珍味サバの糠味噌炊き
旦過市場サバのぬかみそ漬け

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