「曾根崎心中」は、近松門左衛門(1653年~1725年)が露天神社(つゆの天神社)で実際にあった心中事件をヒントに書き下ろした、およそ今から300年前に初演された人形浄瑠璃です。歌舞伎や映画にもなっています。
有名な天神森の段のうち、徳兵衛とお初の道行き(みちゆき)を抜粋してご紹介しましょう。
この七五調部分は、日本語の美しさを堪能できる、サファイヤやダイヤのような宝物といっていいでしょう。
「この世の名残(なごり)夜も名残(なごり)、死にに行く身を譬(たと)ふれば、仇(あだ)しが原の道の霜、一足づつに消えて行く夢の夢こそあはれなれ。あれ數(かぞ)ふれば暁(あかつき)の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生(こんじょう)の、鐘の響きの聞きをさめ。寂滅為楽(じゃくめついらく)と響くなり」
※読みがなは当方追加
劇中では、金銭を騙(だま)しとられた上、侮辱された徳兵衛は、天神の森でお初と心中しました。
人形浄瑠璃の新作である「其礼成心中」(それなりしんじゅう)は、曾根崎心中をおりこんだ、優しい人々の人情噺ですが、言葉遣いの名人、というより天才である近松門左衛門にはるかに及ばないのは、そもそもただの人形劇を「この徳兵衛が立つものか」という近代人の自我意識や表に出せない男女のわりない仲を華麗(かれい)な文体で描き、語り尽くす「曾根崎心中」の迫力と比較するのがムチャだ、ということかもしれません。
其礼成心中の床本(ゆかほん)