高野白山の九州易占塾

徒然の記

家相方位論 その9

1 南の意義
⑴ 概要
・南は、先天図では乾、後天図では離である。後天定位盤では、九紫火星の位置である。
・十二支は、午(うま)の方位であり三合火局を構成する。
・家族では、次女を意味する。
・南は、明るさ、暖かさ、太陽の意味があるが、光と闇の極端さもある。
・南を論じる時は、対沖である坤(北)をみるのである。南から入った気は北へ抜けるとみるからである。
・南に玄関があり、北にベランダがある家は、必ず覗かれるので、プライベートや秘密を保つことができない。
・南を表とすれば北は裏である。
・北に家具など置かず余裕を持たせると、南に深みを感じる印象になる。
・先天図では、南は、乾で公の意味があり、身体では頭や眼、知識を表す。
⑵ 張り
・名声、名誉の方位であり、芸術的才能の発揮を期待してよい。
⑶ 欠け
・南が欠けると脳卒中など頭の病気で倒れ、この場合は長患いになるのが特徴である。
⑷ キーワード
・南を理解するキーワードは、大気の入口である。

ブラ高野~ぎなん屋敷

福岡市中央区役所の斜め向かいに、市の保存樹に指定されている大きなイチョウの古木があります。
ここには江戸時代、黒田藩士である飯田覚兵衛の屋敷があり、当時からイチョウの木はあったようです。

大正2年に、炭鉱経営者がこの地に建坪400坪の別邸を建築しました。
以前よりあったイチョウの木をそのまま残していたので、通称「ぎなん屋敷」といわれました。
博多方言ではぎんなんを“ぎなん”といいます。

昭和27年に邸宅は全焼してしまいますが、イチョウの木はしぶとく生き残りました。
その生命力を愛(め)でて現在「再生治療」が行われています。

再生治療中

由緒書

家相方位論 その8

1 東北の意義
⑴ 概要
・東北は、先天図では震、後天図では艮である。後天定位盤では、八白土星の位置である。東北を鬼門といい、反対側の西南の方位を裏鬼門という。
・十二支は、丑(うし)と寅(とら)にあたる方位であり三合金局と三合火局の接点である。
・家族では、少年(三男)を意味する。
・陰から陽へ変化する場所であり、万物の終わりと始まりというとらえ方をする場所である。
・一般的には、家相の陰陽では、土地は男の働きで陽、家自体は女の働きで陰とみるが、鬼門のみは陰と陽が同時に起こる土の働きの最たる場所ととらえるのである。
・東北の難しさは、土の働きとして変化と停滞(反変化)が同時に作用するところであり、家の改造は不可、増築も改築も最悪の結果を招く。
・鬼門は、相続人の場所でもあるので、増改築で形を変えた瞬間から身内同士の相続争いなど不幸を呼び込む変化がおこる。
・鬼門は、また親戚や兄弟など身内の意味があるので、鬼門のトラブルは、時代を超え、地域に関係なく、世代交代のたびに広く長く続く。
・鬼門に張りも欠けもなく普通にしておけば、相続で争うことはない。
・鬼門の方向にある蔵を壊すと、その家は次の代まで持たず、一代で没落するといわれている。
⑵ 張り
・張りをつくるとどうなるか、鬼門が強すぎると他人の物も身内のものも見境なくほしがるようになる。同じ欲でも強欲に近くなり、相続争いのもととなる。この相続争いは、子々孫々続く。
⑶ 欠け
・欠けるとどうなるか。金銭の大損失、愛情の破綻など何らかの不幸を招く。
⑷ 丑寅の艮の三畳
・昔から東北に三畳間をつくると、自死や心中をまぬがれない、といわれている。
⑸ キーワード
・鬼門の方位を理解するキーワードは、変化と停滞(反変化)という対立・矛盾するエネルギーである。

ブラ高野~貝原益軒

貝原益軒(かいばらえきけん 1630年~1714年)は、もともと儒学者ですが、大変な勉強家で東洋医学から動植物学、地質学など幅広い知識を庶民にわかりやすい言葉で書き残しました。
その功績を記念して、福岡市中央区の金龍寺に銅像があります、
主な著書として健康増進法を説いた養生訓や日本で最初の博物学書である大和本草(やまとほんぞう)があります。

養生訓は、次のように伝えています。
「体気弱く、飲食少なく、家に病多くして、短命ならんと思う人、かえって長生きする人多し。これ弱きをおそれて、つつしむによれり」
現代語訳は、
「身体が弱く、食も細く、多病で長生きできないと思うくらいの人が、かえって長生きすることが多い。これは体の弱さに不安があるため、養生するからである」

貝原益軒銅像

TOPページ

ページの先頭へ