高野白山の九州易占塾

徒然の記

暦を読み解く その4~十二支の意味

ねずみやうしなど動物に仮託しているためわかりにくいですが、十二支は、草木(そうもく)を例に挙げて、生命の発生、繁殖、成熟、死滅の過程を十二段階に区分し説明したものです。

十二支の意味は次の通りです。
1 子(ね)~ふえる、という意味で種子の中に生命が誕生した状態をいう。

2 丑(うし)~からむ、という意味で生命が種子の中で十分伸びていない状態である。

3 寅(とら)~うごく、という意味で草木が春の暖かさで地上に芽を出す様子を表す。

4 卯(う)~しげる、という意味で芽を出した草木が地面を覆う様子を示す。

5 辰(たつ)~ふるう、という意味で春の暖かさもたけなわ、草木の活力が盛んな様である。

6 巳(み)~やむ、という意味で草木の繁茂が極限となった様子である。

7 午(うま)~さからう、という意味で草木が繁殖の極限から衰微へ向かう状態である。

8 未(ひつじ) ~あじ、という意味で草木が成熟して滋味がつき始めた状態である。

9 申(さる)~うめく、という意味で成熟した草木の旨味が増し固定していく状態を表す。

10 酉(とり)~ちぢむ、という意味で草木が成熟の極限に到達した状態である。

11 戌(いぬ)~ほろぶ、という意味で草木が枯れ落ち死滅した状態を指す。

12 亥(い)~とざす、という意味で草木が凋落し生命力が種子に閉ざされた状態である。

ブラ高野~中野正剛銅像

中野正剛(なかのせいごう)は、1886年福岡市中央区荒戸の生まれ、東条英機の独裁政治を嫌い、ジャーナリストとして言論、講演活動で反東条の旗幟(きし)を鮮明にし、また政治家としては鳩山一郎や三木武吉とともに、東条打倒の活動を続けた人です。
福岡市中央区今川に銅像が立っています。
弾圧の激しい時代に、この人の演説を聞いて感動した竹下登(元首相)が政治家を志したというエピソードは有名です。
第二次大戦中、憲兵の監視下におかれたまま、57歳で自刃(じじん)しました。

中野正剛銅像

暦を読み解く その3~雑節(ざっせつ)

黄河流域で生まれ、中国から直輸入した二十四節気を補助する意味で、日本列島の風土、生活習慣を表す特徴を暦に記入すると、格段に使い勝手が良くなります。
梅雨入りを知らせる入梅や嵐の到来を告げる二百十日などがありますが、これらの名称を雑節といい、日本独特の暦日です。

雑節(ざっせつ)は次の通りです。

節分(せつぶん)~立春の前日、季節を分ける日 太陽暦換算で2月3日頃
彼岸(ひがん)~先祖へ感謝する日。春分の日、秋分の日を中日として計7日間ずつ
社日(しゃにち)~産土神(うぶすながみ)へ感謝する日
八十八夜(はちじゅうはちや)~立春から数えて88日目、遅霜に注意
入梅(にゅうばい)~梅雨入り 太陽暦換算で6月11日頃
半夏生(はんげしょう)~梅雨明け、半夏という毒草が生える時期
土用(どよう)~立春、立夏、立秋、立冬の前日までそれぞれ18日~19日間、季節の変わり目を目前に体調管理をする期間
二百十日(にひゃくとうか)~立春から数えて210日目、台風への備え 太陽暦換算で9月1日頃
二百二十日(にひゃくはつか)~立春から数えて220日目、台風への備え

ブラ高野~福博であい橋

那珂川にかかる福博であい橋は、かつて川を挟んで商人の町博多と武士の町福岡に分かれていた二つの街が出会い、つながってゆく、そんな想いをこめて名づけられたそうです。
長さ78.2mの橋は公園のような遊歩道となっており、ベンチの上でゆっくり那珂川の風景を楽しむこともできます。
屋台街も近く、夜になるとミュージシャンやパフォーマーで賑やかな景観が続きます。

福博であい橋(博多部から撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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