高野白山の九州易占塾

徒然の記

易とは何か その2~吉凶悔吝の意味について


○吉凶悔吝の意味
聖人が卦をつくって、森羅万象(しんらばんしょう)の意義を観察し、その結果を書き表して、吉凶の道理を明確にした。
剛と柔は、互いに移り変わって変化を生じる。
吉とは事の成就(じょうじゅ)であり、凶とは失敗、悔(かい)は凶にいながら現状を反省して吉へ向かうことであり、吝(りん)は現状は吉であるが凶へ向かうという意味である。

○書き下し文(繋辞伝より作成)
聖人卦を設けて象を観(しめ)し、辞を繋(か)けて吉凶を明らかにす。剛柔相推(あいお)して変化生ず。この故に吉凶とは失得(しっとく)の象なり。悔吝(かいりん)とは憂虞(ゆうぐ)の象(しょう)なり。

ブラ高野~吉田磯吉邸跡

吉田磯吉(1867~1936)は、遠賀郡芦屋町出身、遠賀川石炭船の船頭から身を起こし、当時の若松魚市場や運輸関連企業の役員を務め、明治・大正・昭和と北九州の発展期を代表する人物でした。
火野葦平の小説「花と竜」に描かれる磯吉大親分とは吉田磯吉のことだそうです。
政治家としても民政党代議士として活躍し、昭和11年に70才で死去しました。
若松区の浜町小学校で行われた葬儀は、空前絶後の盛葬で、今となっては確認できませんが、2万名の参列者があったそうです。ほかに米1200俵、日本酒20樽、花輪1,000束が供えられたそうで、いかに市民に愛されたかわかります。

吉田磯吉邸跡記念碑

易とは何か その1~吉凶の生じる理由について 

孔子の門弟により書かれた、易経の解説書である十翼のうち、繋辞伝(けいじでん)では、吉凶や八卦の由来、易の効用をわかりやすく教えています。以下は、易経を理解するため、繋辞伝から抜き出したエッセンスです。

○吉凶の生じる理由
天は高く、地は低いという事実を踏まえて、乾(けん)と坤(こん)が定められている。万物が高く、あるいは低くつらなる事実にならって、動と静、剛と柔に区分されるのである。

万物は、また善悪の性質ごとに集まったり、種類ごとに分かれることにより、吉と凶を生じるのである。
天では日月星辰(にちげつせいしん)の現象、地では山川草木(さんせんそうもく)の形象となって現れることにより陰が陽になったり、陽が陰に分かれるという変化が表れるのである。

○書き下し文(繋辞伝より作成)
天は、尊(たか)く、地は、卑(ひく)くして、乾坤(けんこん)定まる。 卑高(ひこう)もって、つらなり、貴賤(きせん)位(くらい)す。 動、静、常ありて、剛、柔、わ かる。

方は類をもって聚(あつ)まり、物(ぶつ)は群をもって分かれて、吉凶生ず。天に在りては象(しょう)を成し、地に在りては、形(けい)を成して、変化あらわる。

ブラ高野~着衣の横たわる母と子

博多駅の博多口にイギリスの彫刻家ヘンリー・ムーアの「着衣の横たわる母と子」という彫刻が設置されています。
母の慈愛と子供の優しさを象徴するような曲線美あふれた作品です。
「母と子」をテーマにしてヘンリームーアは多くの作品を残していますが、博多駅前の作品もその一つです。
彫刻の下に、これは福岡市政100周年を記念し、市民の浄財によって設置されたという趣旨の案内板がたっています。

着衣の横たわる母と子

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