高野白山の九州易学開運学院

徒然の記

ブラ高野~ココヤシ

ココヤシは、ポリネシアから熱帯アジアが原産とされるが、現在では世界中の熱帯地方で栽培され、樹の高さは30メートル程度まで成長する。幹はまっすぐには直立せずやや斜めに伸びる。
葉の長さも5メートルになる。

単にヤシ(椰子)と言えばココヤシを指し、果実はココナッツとして食べ物、飲み物として利用価値が高い

ココヤシの木(都城駅前)

高島呑象(たかしまどんしょう)の天才性 その6

1 日本海海戦の勝利を予言
⑴ 状況
日本海海戦(1905年5月)の勝敗を占って、雷水解の上爻「公もって隼を高墉(こうよう)の上に射る。これを獲て利ろしからざるなし」と出たので、日本の勝利を確信した。
日本海軍の勝利を前もって新聞で発表したのは呑象先生らしいエピソードである。

⑵ 結果~雷水解の上爻(じょうこう)
雷水解の卦辞(かじ)は、
解は、西南に利ろし。往く攸无ければ其れ来たり復りて吉なり。往く攸有り、夙くするときは吉なり。
(かいはせいなんによろし。ゆくところなければ、それきたりかえりてきちなり。ゆくところあり。はやくするときはきちなり)

現代語訳は、
西南の方向が利しい。問題なければ元のところに戻って吉。障害となることがあれば早く解決して吉である。

上爻辞(じょうこうじ)は、
公もって隼を高墉の上に射る。これを獲て利ろしからざるなし。
(こうもってはやぶさをこうようのうえにいる。これをえてよろしからざるなし)

現代語訳は、
君主が高い城壁の上にとまっている隼を射落し、獲るので何事も順調である。

ブラ高野~ごんぞう小屋

ごんぞうは、若松港が日本一の石炭積出港だった頃、石炭荷役として本船に石炭を積み込んだり、下したりする海上労働者、すなわち沖仲仕のことである。
気性が荒く、柄が悪く人間扱いされなかったようである。
「ごんぞうと船頭が喧嘩して人間が止めた」という趣旨の戯れ唄があったという。

肩に石炭が入った段袋を背負って延々と運ぶような過酷な重労働はもはや見ることはなくなった。
ごんぞうたちの待機所、休憩所であったごんぞう小屋は、北九州の産業の近代化を、肉体労働で支えた者たちの事績を後世に伝えていくために、当時のままを再現している。
1996年(平成8年)に完成した。

ごんぞう小屋

高島呑象(たかしまどんしょう)の天才性 その5

1 伊藤博文の暗殺を予知
⑴ 状況
伊藤博文がロシアと満州問題を協議するため、ハルビンへと向かう旅の前途を占ってみると、艮為山の上爻(じょうこう)であった。
出張中止を進言したものの、聞き入れられなかったので、「艮」あるいは「山」の字がつく人物を近づけないようアドバイスして送り出した。
しかしながら、伊藤博文は、ハルピン駅プラットホームで3発の銃弾を受け、絶命した。

暗殺犯の氏名は安重根という。
注目すべきは安重根という氏名のうち、根という文字である。
根のつくりである艮は、艮為山の艮であり、さらに「重」という文字は、艮が重なっている有様、すなわち艮為山を表しているとみるのである。
易経は、暗殺犯の名前を示唆していたのである。

三爻辞(さんこうじ)は、まさに銃撃による暗殺の様相を表しているとみた。
一発の銃弾が伊藤博文の腰にがとどまり、もう一発は背骨を貫通したに違いない。

⑵ 結果~艮為山の三爻
艮為山の卦辞(かじ)は、
其の背に艮まりて其の身を獲ず。其の庭に行きて其の人を見ず。咎无し。
(そのせにとどまりてそのみをえず。そのにわにいきてそのひとをみず。とがなし)

現代語訳は、
人の背後にとどまって顔を合わせようとせず、庭先に行っても会おうとしない。咎めなし。

三爻辞(さんこうじ)は、
其の限に艮まる。夤を列く。厲うくして心を薫く。
(そのこしにとどまる。せぼねをさく。あやうくしてこころをやく)

現代語訳は、
じっとして腰を動かさない。背骨が裂ける。迫りくる危険が心を焦がす。

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