高野白山の九州易占塾

徒然の記

ブラ高野~旧古河鉱業若松ビル

旧古河鉱業若松ビルは、大正8年の建築、若松南海岸に位置する煉瓦造2階健、石炭積出港として繁栄した若松港の姿を伝える貴重な歴史的建造物として、最も華やかな外観をもち、国の有形文化財に指定されている。
建物の角には三階部分まですらりと伸びた、縦線を強調した塔屋が配置され、塔屋上部の明かり取りも実際以上に建物を大きく見せる効果があり、堂々とした風格を持つ、見事な大正建築物である。

旧古河鉱業若松ビル

人間探求~姓名判断その3 楠木正成の場合

楠木正成は湊川(神戸市中央区、兵庫区)の戦いで敗北自刃(じじん)したものの、赤坂城や千早城では神出鬼没(しんしゅつきぼつ)の戦いぶりで、馬借(運輸業者)のオーナーと思われるが、正体不明である。
南朝復活に尽力し、後醍醐(ごだいご)天皇を最後まで見捨てることがなかった。

・五格部算定(数理の吉凶)
人格(主運)   9画  窮迫病難~凶
地格(前半運) 12画  薄弱無力~凶
総格(後半運) 29画  智謀活動~吉
外格(副運)  20画  厄難凶禍~凶
天格~名字は先祖伝来であるので評価しない。

・三才五行の吉凶~天格17画、人格9画、地格12画
成功運 意外の引立若(も)しくは父祖の恵沢 (けいたく)あり、数理により家庭難病弱難を招来(しょうらい)す~凶
基礎運 境遇(きょうぐう)安全なれど数理の凶は免(まぬが)れず。肺、腎臓を冒(おか)す~凶

ブラ高野~筥崎宮

筥崎宮(はこざきぐう)は筑前国の一宮、宇佐神宮、石清水八幡宮とともに三大八幡宮と言われ、気位の高さは、鳥居をくぐってすぐ左に建っている「皇族下乗」のサインを見てもわかる。
神社の名称は、箱崎宮ではなく、筥崎宮という。
ただし地名や駅名は筥崎宮に遠慮してか箱崎浜や箱崎駅となっている。

元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられて以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

ご祭神は、神功皇后のご子息である応神天皇であるが、この人物は実在したかどうか不明である。

筥崎宮境内看板

人間探求~姓名判断その2 徳川家康の場合

徳川家康は、三方ヶ原の戦い(1573年1月)で武田信玄に挑んで敗北したが、この敗戦が瓢箪に独楽、織田信長との同盟を守った律儀者として評価を高めるきっかけとなった。
外格に変怪数奇が出ているのは、幼い時に父親を暗殺され人質として転々とするなど粒々辛苦、容易ならざる人生の一端を教えるものである。
地格で頭領富貴、総格で長寿富貴繁栄となっているように、当時としては長生き、戦国時代の最終勝者となった。
また成功運では「発狂」となっているが、三方ヶ原の戦いも含めてこの人の人生を見ると、自分の狂気を認識していた、と思えてならない。

・五格部算定(数理の吉凶)
人格(主運) 13画 智力冨栄~吉
地格(前半運) 21画 頭領富貴~吉
総格(後半運) 39画 長寿富貴繁栄~吉
外格(副運) 26画 変怪数奇~凶
天格~名字は先祖伝来であるので評価しない。

五格部算定では吉が三つ、凶が一つである。

・三才五行の吉凶~天格18画、人格13画、地格21画
成功運 上伸極(じょうしんきわ)めて困難身心を労し神経衰弱肺患の難症(なんしょう)、
甚(はなは)だしきは発狂変死す~大凶
基礎運 境遇(きょうぐう)頗(すこぶ)る鞏固 (きょうこ)、目下の力を受け、地位、
財産ともに安全なり~吉

三才五行の吉凶は成功運が大凶、基礎運が吉である。

ブラ高野~春たけなわ

九州ではまだ冷たい風が吹き肌寒い日もあるが、春は、若葉の色がみずみずしく映える季節でもある。
春は方位でいうと、朝陽が上る東である。
東は十二支では卯(う)、九星では三碧木星、八卦では春雷で象徴される震、また一日のうちでは朝、時間は午前6時、一年では3月、つまり東は、物事の始まりを意味しているのである。

美しい色の街路樹

人間探求~姓名判断その1 石田三成の場合

西暦1600年、石田三成は、関ヶ原で徳川家康と戦うも敗北、斬首された。
三才五行の基礎運が教えるように、生涯の最後は「急変没落(きゅうへんぼつらく)」となったが、この人は、最後まで豊臣家を守り抜こうとした正義の人である。

・五格部算定(数理の吉凶)
人格(主運)   8画  意志堅固~吉
地格(前半運) 10画  空虚逆難~凶
総格(後半運) 20画  厄難凶禍~凶
外格(副運)  12画  薄弱無力~凶
天格~名字は先祖伝来であるので評価しない。

五格部算定では、吉一つ、凶三つである。

・三才五行の吉凶~天格10画、人格8画、地格10画
成功運  何事も意の如(ごと)く万事順調目的を達成す。婦人にも吉祥~ 吉
基礎運  苦しむ可(べか)らざるに苦しむ、急変没落(きゅうへんぼつらく)の悲運あり~凶

三才五行の吉凶では、吉凶一つずつである。

 

 

 

ブラ高野~石炭会館

石炭会館は明治38年に若松石炭商同業組合の事務所として洞海湾岸に建設された洋風建築である。
昭和19年には若松石炭商同業組合が社団法人若松石炭協会となり、その後も株式会社石炭会館として現在協会事務所に使用されている。

建物の構造は木造2階建で、外装はモルタル塗だが、壁面には目地があるので、ぱっと見ると石造建築物のようである。
玄関は、小さなポーチが真ん中に位置する左右対称の形をしている。
正方形の台座にのせた、古代ギリシャ建築様式のドリス式で立てられた四本の円柱があることで、建物の対称性が際立って見える。
古き良き時代の建築物である。

石炭会館(北九州市若松区)

観相の偉人 水野南北の軌跡(きせき)

1 観相との出会い
観相の偉人である水野南北(1760年~1834年)は、幼い頃両親を失って孤児となり、親戚に引き取られるが、10歳の頃から酒を飲み始め、喧嘩ばかりしていたという。
18歳で酒代欲しさに悪事をはたらき牢屋に入った時に、入牢者の人相について興味深い事実に気づいた。
罪人として牢の中にいる人の相と、普通に生活している人の相の間に、明らかな違があることに気づくのである。
これがきっかけとなり、水野南北は観相に関心を持つようになった。

2 剣難の相
牢屋を出た後、水野南北は、当時大阪で名高かった人相見を訪れ、自分の相を見てもらった。
すると、「剣難の相であと1年の命」と宣告されてしまった。
助かる方法はあるかと尋ねたところ、唯一の方法は出家であると言われた。
水野南北は、稀に見る悪相・凶相の持ち主だったのである。

3 年間の食事
そこで禅寺を訪れて入門を依頼するが、住職はその悪人面を見て断ろうと思い、「向こう1年間、麦と大豆だけの食事を続けることができたなら入門を許そう」と答えた。
助かりたい一心の水野南北は、この条件を忠実に実行に移す。
冲仲士をしながら、1年間、麦と大豆だけの食事をするのである。

4 観相家への道
麦と大豆の食事を1年間続けた南北は、禅寺の住職のところへ行く途中に再び例の人相見を訪ねてみた。
すると人相見は,「あれほどの剣難の相が消えている。貴方は人の命を救うような、何か大きな功徳を積んだに違いない」と言った。
麦と大豆の食事を1年間貫き通したことを話したところ、それが陰徳を積んだことになって、凶相を変えてしまった、というのである。
これで禅寺に行く必要のなくなった水野南北は、自分も観相家の道を志そうと決めた。
水野南北21歳の時である。

5 勉強の方法
水野南北は、言い伝えや書物で勉強するだけでなく、散髪屋の修業をしながら3年間人相を研究し、続いて全身の相をみるため風呂屋の三助を3年間、火葬場のおんぼうとなってさらに3年間、死体の骨格や体格などを詳しく調べ研鑽(けんさん)を重ねた。

6 慎食
運勢の強弱は食にあり、とひらめいた水野南北は、「我れ衆人のために食を節す」と決意し、生涯にわたって慎食、すなわち少量の食物を大切にしながら食べた。主食は麦、副食は一汁一菜であった。
米は一切口にせず、餅さえ食べず、好きな酒も、1日1合以上は飲まなかったという。

ブラ高野~ココヤシ

ココヤシは、ポリネシアから熱帯アジアが原産とされるが、現在では世界中の熱帯地方で栽培され、樹の高さは30メートル程度まで成長する。幹はまっすぐには直立せずやや斜めに伸びる。
葉の長さも5メートルになる。

単にヤシ(椰子)と言えばココヤシを指し、果実はココナッツとして食べ物、飲み物として利用価値が高い

ココヤシの木(都城駅前)

高島呑象(たかしまどんしょう)の天才性 その6

1 日本海海戦の勝利を予言
⑴ 状況
日本海海戦(1905年5月)の勝敗を占って、雷水解の上爻「公もって隼を高墉(こうよう)の上に射る。これを獲て利ろしからざるなし」と出たので、日本の勝利を確信した。
日本海軍の勝利を前もって新聞で発表したのは呑象先生らしいエピソードである。

⑵ 結果~雷水解の上爻(じょうこう)
雷水解の卦辞(かじ)は、
解は、西南に利ろし。往く攸无ければ其れ来たり復りて吉なり。往く攸有り、夙くするときは吉なり。
(かいはせいなんによろし。ゆくところなければ、それきたりかえりてきちなり。ゆくところあり。はやくするときはきちなり)

現代語訳は、
西南の方向が利しい。問題なければ元のところに戻って吉。障害となることがあれば早く解決して吉である。

上爻辞(じょうこうじ)は、
公もって隼を高墉の上に射る。これを獲て利ろしからざるなし。
(こうもってはやぶさをこうようのうえにいる。これをえてよろしからざるなし)

現代語訳は、
君主が高い城壁の上にとまっている隼を射落し、獲るので何事も順調である。

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