NPO法人九州易学開運学院

徒然の記

ブラ高野~曼珠沙華(マンジュシャゲ)

曼珠沙華(マンジュシャゲ)は、別名彼岸花(ヒガンバナ)ともいう。
この花の原産地は中国大陸であるが、マンジュシャゲはサンスクリット語の音写である。
日本列島では北海道から南西諸島まで広く分布している。
秋の彼岸(9月)の頃に、突然花茎をのばして鮮やかな赤い花を咲かせ、秋の終わりに葉が伸びて翌年の初夏に枯れるという、多年草である。
球根に強い毒性を持っているが、かつて救荒作物として毒抜きした球根を食べていた、という。

曼珠沙華

九星の読み方と方位

一白水星~いっぱくすいせい、北
二黒土星~じこくどせい、西南
三碧木星~さんぺきもくせい、東
四緑木星~しろくもくせい、東南
五黄土星~ごおうどせい、中宮
六白金星~ろっぱくきんせい、西北
七赤金星~しちせききんせい、西
八白土星~はっぱくどせい、東北
九紫火星~きゅうしかせい、南
※碧の書き方~おうへんに「白」、下に「石」と書く。

易経が使用する慣用句と意味

1 大川を渉(わた)るに利ろし~大きな川でも渡ってよい。(安心してよい)
2 往く攸(ところ)有るに利ろしからず~進んではいけない。
3 往く攸有るに用うるなかれ~進んで事を行ってはならない。
4 大人(たいじん)を見るに利ろし~賢者の協力が必要である。
5 貞(ただ)しきに利ろし~正しければ良い。
6 貞しければ吉なり~正しければ幸がある。
7 貞なれば凶なり。~正しくとも禍がある。
8 永貞(えいてい)なれば吉~いつまでも正しければ善である。
9 大貞(だいてい)なれば凶なり~力量以上のことをすれば、凶
10 貞に安んずれば吉なり~器量に甘んじていれば、吉。(貞安)
11 悔(くい)亡ぶ~悔いなし。
12 咎(とが)なからん~改めれば咎めを受けることはない。
13 吝(りん)なり~失敗しても改めることはない。

ブラ高野~日本最初の干支(かんし)使用例

⑴  概要
西暦570年の「庚寅」(こういん)や「正月六日」など銘文が象嵌(ぞうがん)された鉄製の太刀が2011年(平成23年)に元岡古墳群(福岡市西区)から出土した。
この太刀は年月日を特定する十干や十二支が入った、日本で最初の使用例である。

⑵  銘文(めいぶん)
太刀に刻まれた銘文は、「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果練」と読める。
意味は、「大いなる庚寅の年、庚寅の月1月、庚寅の日6日、およそ12回鍛錬してこの刀をつくった」となる。(高野白山訳 異説あり)
銘文作者は、
「寅の年、寅の月、寅の日というめでたい時に12回も鍛錬して造った幸運の大刀である」という意味合いをこめているのである。
太刀は、欽明天皇の時代、西暦570年1月27日に完成した。

占いはなぜ当たるのか~その2(ユングの元型理論より)

⑴ 占いが持つ説得力
易やタロットが説得力を持つのはなぜか。2.3回ならば偶然もあるが、易占いによる納得できる結果は、90%を超える。これは、単なる偶然ではなく、何らかの原因があって指針を教示するのだと考えざるを得ない。意味がある偶然の一致をシンクロ二シティという。
では、何らかの原因とは何か、さらに追及したのが本資料である。

⑵ シンクロ二シティ
シンクロ二シティという言葉を最初に使ったのは、精神科の医師であるスイス人のユング(1875年生まれ)であるが、ユングは、精神病患者の妄想が、時代や地域や文化の差を超えて、世界各地に残る神話、伝説、昔話に驚くほど似ている事実に気づいた。
これは、人類に共通する意識であると考え、ユングは、この意識を普遍的無意識(集合的無意識)と名付けたのである。

⑶ 元型(げんけい)という概念
普遍的無意識の中にシンクロ二シティを起こす原因である元型(げんけい)を仮説として想定し元型は、全人類にみられる行動様式や習慣であると考えた。
人間は、程度の差があるものの、二重人格と思っていいが、元型の一つは、二重人格者における裏の人格である。これを影という。

⑷ 元型の種類
元型の種類としては、アニマス(男性性)とアニマ(女性性)、太母(母性性)、老賢者(父性性)などがあるが、元型は普段は人格の裏に隠れているので、表に出たい、出したいという欲求がストレスとして蓄積することにより、シンクロ二シティが起こり、占いが的中する原動力となるのである。元型とは何か?ストレスのもととなる、かなえられることのない願望である。

⑸ 的中力の存在
人によって強弱のある直観力ではなく、元型の存在を認めると、的中力の存在を容易に説明することができる。

占いはなぜ当たるのか~その1(フロイトの無意識理論より)

⑴ フロイトの無意識理論
占いはなぜ当たるのか、フロイトが確定した無意識理論を参考にすると、心理の世界は意識世界と無意識世界に分割でき、さらに意識世界は狭い意味の意識世界と前意識世界に分けることができる。前意識は思い出すことができる記憶のことなので、意識世界に戻ることが可能である。
無意識世界は、消された記憶である無意識の領域と本能の領域からなる。人間は、しばしば意味不明の行動を取る場合があるが、フロイトはその原因の一端を無意識のうちに眠っている、消された記憶にあると考え、心的障害治療のターゲットとしたのである。
医学者であるフロイト(1856年生まれ)の治療法は、無意識の領域に働きかけて、消された記憶を思い出させ、意識世界に呼び戻し、現実と対峙させ、認識・理解させることにより、心の傷を消滅させ、症状を改善させる手法である。
理性などは錯覚であり、人間も動物も本能だけで行動する存在であると考えた当時のヨーロッパとしては、画期的な思想であり、今でも無意識世界を意味づけたパイオニアの栄光は失われていない。

⑵ 占いと本能
本能には、欲望領域と予知能力を司る直観領域があるという仮説を立て、この二つは対立する概念である、ととらえる。
直観は、無意識世界にある本能の下部にこっそりかくれているため、日常生活では人間は直観を言語に変換できない。
占いの効用は、いきなり直観をひっぱりだして、行動の正しい指針を教示することであるが、金銭や名誉など欲望領域が強い場合は、的中しなかったり、解釈を間違え、誤った方向へ進むことを考えると、占いの最大の障害は、欲望であることがわかる。

ブラ高野~博多祇園山笠

博多祇園山笠は、博多総鎮守の櫛田神社(福岡市博多区)に山笠を奉納する神事であり、国の重要無形民俗文化財である。
祭りの期間は、毎年7月1日から15日、7月15日には午前4時59分から勇壮無比の奉納神事が執り行われる。
山笠を奉納した流(ながれ)が、清道と呼ばれる櫛田神社の境内半周を全速力で走った後、「オッショイ」という掛け声をかけながら市街地を疾走していく巡行である。
これは追い山笠といって博多祇園山笠のハイライトである。
今では流(ながれ)は、恵比須流・大黒流・土居流・東流・西流・中洲流・千代流の七流である。
流舁き(ながれがき)は、聖一国師の故事にならって、山笠が町内を走って浄める神事である。
2025年のスケジュールは次の通りである。
・お汐井取り~7月1日(火)、7月9日(水)
・流舁き~7月10日(木)
・追い山笠ならし~7月12日(土)
・集団山見せ~7月13日(日)
・追い山笠~7月15日(火)(4時59分)

町内会の挨拶を受ける長老(東流)

飾り山笠(東流)

易経の三大思想 その2

1 安定の思想
ア 概要
安定の思想については、天地否と地天泰という二つの大成卦で説明できる。
天が上にあり、地が下になるというノーマルな形の天地の卦が否定を意味し、逆に地が上にあり天が下になる、という地天の卦が安泰を意味するのはなぜか?
天地否は柔である地の上に、剛である天が乗り、地は今にも押しつぶされそうで不安定感を表し、地天泰は、剛である天の上に、柔である地が乗っているためバランスがとれ平穏である、とみるのである。これは易経独特のバランス感覚である。

イ 地天泰
泰は、おおきい、やすらか、という意味で、安泰、泰然、天下泰平という熟語がある。その意味は、「つまらない小人(しょうじん)は去っていき、見識ある立派な人がやってくる。吉にして通る」 ・
地天の卦は、上に断線の軽い柔が乗り、下では直線で重い剛が支えるので、バランスがとれているとみるのである。あるいは地は下へ下り、天は上へ上るので天地陰陽が融合し安定するともいう。
三国志という戦記に描かれているばかりではなく、中国共産党一党支配の現代でも、文化大革命という美称のもとで、2,000万人単位の大虐殺があったように、絶え間ない戦乱の大陸である中国で生まれた易経の理想は、安定した平和な社会の実現である。

ウ 天地否
否の意味は、否定、否認、拒否である。
地天泰と逆で、
「まともに人のとるべき道が行われない。君子であっても正しいことが通用しない。見識ある立派な人は去っていき、つまらない小人(しょうじん)がやってくるからだ」
算木の形をみると、上に直線で重い剛があり、下が断線で軽い柔となっている。剛が柔を押しつぶすという将来の危機を告げているのである。
あるいは乾(天)は上へ上り、坤(地)は下へ下るので、天地分裂ともいう。

2 平和志向の教え
(1) 概要
戦乱の中国大陸で生まれた易経は、戦禍(戦争)を嫌った平和志向が強い教えである。
平和志向の根拠は以下の条文である。

(2) 澤天夬
夬は、朝廷で議論し、誠意をもって話しても危うい。中央ではなく、地元から声をあげ決行するのだ。ただし、武力をもちいるのはよろしくない。徳をもってすれば進んでよい。

(3) 離為火
離は、正しければ良い。通る。牝牛のような柔順さを持てば吉。
王が兵を率いて出征する。戦いに勝利し、相手の大将を誅殺する。しかし、捕虜を殺さず寛大に処置すれば、咎めはない。

(4) 地雷復
復は、通る。出るにも入るにも障りはない。友人が集まってきて問題ない。その道を繰り返して行えば、七日で事態が改まる。進んでもよい。

(5) 地水師
師は、正しくなければならない。実力のある司令官に率いれられれば吉で問題ない。進み難きを知って退く。この兵法の常道を守れば咎めを免れる。

(6) 地山謙
謙は、通る。君子であれば終わりを全うすることができる。
謙遜の心がおのずと言動に表れるが。人々に理解されない。兵を動かしとしても、ただ自分の領地内を平定するにとどめるがよい。

ブラ高野~牡丹

牡丹は、原産地中国、落葉広葉樹の低木で、高さは50~180cmになる。
日本では、牡丹の栽培は江戸時代の元禄年間(17世紀末)から盛んになった、という。
大型の花が咲くのは、初夏(5月ごろ)である。
美しい冬牡丹は、春咲きの品種を温度調節して冬に咲かせたものである。
牡丹の別名は、花神、花王、洛陽花、名取草、深見草など優雅である。

司馬遼太郎先生の小説のタイトルとして使われている「花神」は、花咲爺のことであるが、志なかばで暗殺された、日本陸軍の創設者大村益次郎への最大の賛辞である。

牡丹

 

 

易経の三大思想 その1

1 概要
易経を特徴づけているのは変化・循環の思想及び安定と平和志向の教えである。

2 変化・循環の思想
陰陽消長十二卦及び水火既済と火水未済の卦で表現されている変化と循環の思想は次の通りである。
(1) 陰陽消長十二卦(いんようしょうちょうじゅうにか)
いのち(命)は、発生、成熟、死滅、再生の営みを繰り返すが、これを象徴したのが易経六十四卦のうち下記の陰陽消長十二卦である。
易経は、天地の法則は陰と陽の絶え間ない循環と変化である、と考えているのである。冬が去ると、春になる。陽気が増大し夏になると、次は秋が来て、また寒い冬になる。自然の推移は、易経が陰陽消長十二卦で表すように全地球のルールなのである。

1坤為地(大地)→2地雷復(復活)→3地澤臨(希望)→4地天泰(安泰)→5雷天大壮(加速)→6澤天夬(決断)→7乾為天(栄華)→8天風姤(出会い)→9天山遯(引退)→10天地否(否定)→
11風地観(観察)→12山地剝(崩壊)

(2) 水火既済と火水未済
ア 水火既済
水火既済(きせい)は、完成という意味である。初爻から上爻まで陰陽が交互に並び理想の形になっている。終りは乱(みだ)る、と書いているが、この意味は、完成したものが永続することはなく、やがて消滅し再生と循環を繰り返すことを暗示しているのである。水火既済が易経の最後である64番目ではなく63番目にあるのは、これで終わったわけではない、宇宙は永遠に循環を続ける、という易経からのメッセージを形にして示しているのである。
イ 火水未済
火水未済(びせい)は、未完成という意味である。完成を意味する水火既済で全巻を終わらず、いまだ成らずという火水未済をあえて64番目に置いて易経を終わりつつ万物流転の様相を表したのは、易経作者の英知である。

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