神田古書店街は、明治10年代にこの地域に創立された明治大学、中央大学、日本大学、専修大学の学生を対象に古書店が次々にできていったのがその始まりだといわれ、太平洋戦争中も空襲を受けず、130年の歴史を持っています。
ここの古書店街の特徴は、各古書店が、それぞれに専門分野を持っており、しかもその分野が、文学・哲学・社会科学・演劇・自然科学・洋書などバラエティに富んでいることです。
総数約140軒、都内の古書店の約三分の一がこの地域に集中しています。
また、約200m続く古書店街から漂う独特のかおりが2001年には環境省選定のかおり風景100選にも選ばれています。
徒然の記
ブラ高野~神田古書店街
易の弁証法
繋辞上伝では、乾と坤という命題の対立と統一がなければ運動も発展もあり得ない、という弁証法を次のように語っています。
「乾と坤の対立と統一が易の核心である。乾と坤が天地上下に分かれ、つらなることで易が成立するのだ。乾と坤の相互関係がなくなれば、易の働きを見ることもない。易の働きを見ることができなければ、乾と坤の相互関係も終息したも同然である」
○書き下し文
「乾坤はそれ易の縕(うん)か。乾坤列を成して、易その中に立つ。乾坤毀(やぶ)るれば、すなわちもって易を見ることなし。易見るべかざれば、すなわち乾坤あるいは息(や)むに近し」
※縕(うん)~核心、奥底
ブラ高野~箱崎灯篭
卜と筮の由来
繋辞上伝では、聖人が卜と筮を始めた由来を次のように説明しています。
「このように天が亀甲や筮竹のような神秘のものを生んだので、聖人は、卜筮の術を始めた。天地の変化に感応して、聖人が陰陽の原理を抽出し、また天が自然現象によって、吉凶を示す事実を見て、聖人は吉凶の判断を設けた。さらに黄河から出た河図、洛水から発見された洛書を参考に聖人は八卦をつくった」
○書き下し文
「この故に天、神物を生じて、聖人これに則(のっと)り、天地変化して、聖人これに效(なら)い、天、象を垂れ吉凶を見(しめ)して、聖人これに象(かたど)り、河図を出し、洛書を出して、聖人これに則(のっと)る」
花のたより~ムラサキセンダイハギ
易のニックネーム
八卦だけでは、人生の複雑な局面を占うのは難しいので、これを二つ重ねて、八の自乗、全部で六十四の局面で判断することにより、易占いは、様々な変化に対応できるようになりました。
六十四卦にニックネームがついているのは、一目で卦の内容がわかるよう解釈の手掛かりとする易経の優れた配慮です。
例を挙げると以下のようになります。
⦿地天泰~ニックネームは「泰」
天の気は上へ上り、地の気は下へくだったところで両者がぴたりとふれあい、万物が生み出される。
坤は、大地、母、やさしさを表し、乾は、空、父、厳しさを意味するが、坤は柔、乾は剛を表し、柔が剛の上に乗っている状況であるため安定性がよく、地天の卦は、万物の程よい均衡を表現する泰(たい)と名付けたのである。
⦿天地否~ニックネームは「否」
上にある天はさらに上へのぼり、下の地は下へくだろうとするので、天地が分裂する、とみるのである。
もう一つの見方として、剛である乾が柔である坤の上にあり、坤が押しつぶされる状況となっているため、安定性を欠き天地の卦は、否定の否(ひ)と表現するのである。
花のたより~ミヤコワスレ
易の根源
易は、事物の始まりとして太極なるものを想定しています。
太極から陰陽である両儀が生まれ、両儀から老陽・少陽・老陰・少陰の四象が生じ、四象からは八卦が生じた、といいます。
八卦は、吉凶を予知することによって、事業を成就させるためにあります。
四象は、変化を示すためであり、易経に書いている字句は、未来を告げるためであり、未来に吉と凶の区別を立てるのは、人々の疑いに断を下すためです。
繋辞上伝の書き下し文は、次のようになります。
○書き下し文
この故に易に太極あり。これ両儀を生ず。両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず。
易に四象あるは、示すゆえんなり。辞を繋くるは、告ぐるゆえんなり。これを定むるに吉凶をもってするは、断ずるゆえんなり。
花のたより~ハコネウツギ
カズラの1種であるハコネウツギは、暑さや寒さ、病害虫にも強い落葉樹で高さ2~4mになり、別名ベニウツギともいいます。
北海道や東北地方では畑などの生垣としても利用しています。
花の色が変化するのが特徴で、最初は白ですが、やがてピンクから赤へと変色します。
易の効用
易は何のためにつくられたのか、易経の注釈書である繋辞上伝によると、次のようになります。
「易は、事物を開発し、事業を成就させ、天下の道を覆い尽くす。このようなものが易である。そこで聖人は、易により人々の志を知り、天下の事業を成功させ、あらゆる疑問に断を下すのである」
○書き下し文
「それ易は物を開き務めを成し、天下の道を冒(おお)う。斯の如きのみなるものなり。この故に聖人はもって天下の志に通じ、もって天下の業を定め、もって天下の疑いを断ず」






