高野白山の九州易学開運学院

徒然の記

ブラ高野~福岡銀行

⑴ 概要
1877年第十七国立銀行として創業した福岡銀行は、福岡県内はもとより九州全県に金融展開しており、特に熊本市と鹿児島市にはそれぞれ営業部を設置している。
また山口県、広島市、大阪市、名古屋市、東京都に店舗を開設している。

2006年10月には長崎県の親和銀行と業務・資本提携を結び、親和銀行の不良債権の解消と取引先企業の事業再生・早期健全化の実現に向けたサポートを行った。
2007年4月には、熊本県の熊本ファミリー銀行を子会社とした。

預金残高~12兆4,207億円(2021年3月31日現在)

⑵ 本店
福岡銀行本店は、建築家の黒川紀章により設計されたものである。
外観上の最大の特徴ともなっている直方体の一部を切り取ることで生まれた大きなピロティは、公共空間として利用されることを意図したものであり、竣工した1975年当時は画期的な試みであった。

福岡銀行本店

中国大陸黄土地帯の様相 その5~虐殺の王朝

二十万人という被害者数の信憑性であるが、漢の高祖劉邦が項羽を論難した10項目のうち6番目にある数字であり、当時は誰でも知っていたことがわかる。
「史記」の原文は次の通り
「詐(いつわ)りて秦の子弟を新安に阬(あな)にすること二十万、其(そ)の将を王とす。罪六なり」

高野白山訳
「新安では秦の若者をだましうちにして、二十万人も阬(あな)にして、将だけをを王に取り立てた。これが罪の第六である」

垓下の戦いで滅亡を覚悟した項羽の心境は次の通りである。

垓下の歌
「力は山を抜き 気は世を蓋ふ 時に利あらずして 騅(すい)逝かず 騅、逝かざるを 奈何(いかん)せん
虞や虞や 若(なんぢ)を奈何(いかん)せん」

項羽は、敗北の原因は、自分ではなく、時勢にあると、思っていたのである。
これに司馬遷は「史記」で以下のように激しく批判している。

史記:
「みずから攻伐に矜(ほこり)り、其の私智を奮いて、古(いにしえ)を師とせず、覇王の業と謂(おも)い、力征を以って、天下を経営せんと欲せしも、五年にして卒(つい)に其の国を滅ぼし、身は東城に死せり。尚お覚寤(かくご)せずして、みずから責めざしは、過てり。乃ち〚天、我を滅ぼす。兵を用うるの罪にあらざるなり〛を引く。豈(あ)に謬(あやま)らずや。」

高野白山訳
「自分の功業を誇り、浅知恵ばかりに頼って、過去に学ぶこともせず、ただ覇道のみを信じ込み、武力で天下を経営しようとしたが、五年間でついにその国を失ったのである。東城で死んだときでさえ、そのことに気が付かず、みずからを責める気持ちがなかったが、それは間違っている。しかも『天がわたしを滅ぼすのだ。戦術のまずさではない』と言い張るに及んでは、むちゃくちゃではないか」

ブラ高野~コメダ珈琲

コメダ珈琲店は名古屋市に本拠を置く喫茶店チェーンである。
1968年に創業者の加藤太郎がコメダ珈琲店を開店した。
コメダの名称は創業者の家業が米屋で、「コメ屋の太郎」にちなむものである。
この喫茶店は、現在900店を超える店舗を持つ最大手の一つである。

コーヒーもパンやケーキも食べきれないほど量が多く、しかも安価、利用時間は一日でも半日でも無制限、ゆったりとした広いスペース、まさに都心のオアシスである。

伊勢神宮のお祓いを受けた紅茶の瑞(みずき)も注文できる。

店舗入口

コメダ珈琲店のシンボルマーク

中国大陸黄土地帯の様相 その4~虐殺の王朝

次に、捕虜にした秦兵の虐殺方法を詳細に描いている、司馬遼太郎先生の「項羽と劉邦」を引用しよう。

項羽と劉邦:
「われわれは、どうなるか」という狐疑が、秦兵を動揺させ続けている。かれらは楚軍とともに、その郷国である秦(関中)に攻め入るのだが、この点についても気がむかなかった。といって秦の兵には秦帝国への忠誠心などはさほどにはない。むしろ楚人の関中入りがおそらく成功すまいという見方の方が強く、楚人が関中の秦兵に敗れた場合、かれら楚人はふたたびこの帰順秦兵を捕虜として中原へつれ去り、関中に居る帰順秦兵の家族は、秦帝国の手で殺されるにちがいないと猜疑していた。
「いっそ、反乱をおこすか」

~(中略)~

まずいことがおこった。ある夜、秦兵の宿営地を巡回していた楚人の将校がこの種のささやきを聴いた、というのである。この聴き込みは、項羽まで上申された。

~(中略)~

范増(はんぞう)は、黥布(げいふ)を本営によび、密議した。
以上の事態は、この大軍が新安に到着する直前までのことである。
新安での秦軍二十余万の宿割りは、黥布の配下の将校がきめた。
城外で、しかも地隙(ちげき)の多い地域が、野営地として指定された。垂直断崖でかこまれた四角い黄土谷が無数にあり、地の底をのぞかせていた。
深夜、黥布軍が秘密の運動をした。かれらは足音をしのばせて、黄土谷のない平原にあらわれ、捕虜たちの宿営地の三方をかこみ、一方だけをあけたのである。
次いで、一時に喚声をあげ、包囲をちぢめた。この深夜の敵襲で、二十余万の秦兵たちがパニックにおち入った。かれらは一方にむかって駆け出し、たがいに踏み重なりつつ逃げ、やがて闇の中の断崖のむこうの空を踏み、そこからは人雪崩(ひとなだれ)をつくって谷の底に流れ落ちた。

~(中略)~

ジェノサイド
大虐殺は、世界史にいくつか例がある。
一つの人種が、他の人種もしくは民族に対して抹殺的な計画的集団虐殺をやることだが、同人種内部で、それも二十余万人という規模でおこなわれたのは、世界史的にも類がなさそうである。
さらには、項羽がやったような右の技術も例がない。ふつう大虐殺は兵器を用いるが、殺戮(さつりく)側にとってはとほうもない労働になってしまう。項羽がやったように、被殺者(ひさつしゃ)側に恐慌をおこさせ、かれら自身の意志と足で走らせて死者を製造するという狡猾(こうかつ)な方法は、世界史上、この事件以外に例がない」

ブラ高野~屋上庭園

JR博多駅屋上には、つばめの杜ひろば、という名称の庭園がある。
ここは展望テラスを備えており、福岡市一円また博多湾を展望できる。
鉄道神社やイベントスペース、お菓子販売所も設置され、現在はドリームつばめ号が庭園内を走っている。

つばめの杜ひろば

ドリームつばめ号

TOPページ

ページの先頭へ