高野白山の九州易学開運学院

徒然の記

易経の思想

⑴ 概要
万物の実体は陰と陽から成り、陰と陽はある時は対立、ある時は融合しようとして、循環し、かつ変化している、という陰陽二元論は、陰も陽も、対象を理解しやすくするための便宜上の区分で、両者は、融通無碍(ゆうずうむげ)にして混沌とした宇宙の中心、即ち大極である、とするのが易経の思想である。
万物が変化する、という現象は、極少物質を研究する量子力学でも物質は観察者によって不断に姿を変える「不確定性原理」で知られている。

陰陽二元論の事例
「幽王二年、西周の三川、皆、震す。・・・夫れ天地の気は、その序を失わず。その序を過(あやま)つが若(ごと)きは、民これを乱せばなり。陽、伏して出ずること能わず、陰迫りて蒸(のぼ)ること能わず、是において、地、震する有り。今三川、実に震するは、是れ陽其の所を失いて陰にうずめされるばなり。陽失いて陰に在れば、源必ず塞がる、源塞がれば国必ず亡ぶ」 (出典:中国の古典14「史記四」司馬遷著 目次~周本紀79~80頁抜粋)

高野白山訳
「周の幽王が即位して2年目、渭水、けい水、洛水の三川周辺に地震があった。・・・地震が起きたのは、天地が自ら秩序を失ったからではない。人民が戦乱を起こしたため陰と陽が入れ替わったのが原因である。陽の気が陰の気により抑えられて上昇できず、地震が起こるのである。今回三川の地方に地震が起きたのは、陽の気がそのあるべき所を失って、陰の所を埋めたからである。陽の居場所がなく、陰になれば必ず川の源流が塞がれる。源流が止まれば国は必ず亡びる」

ブラ高野~西南クロスプラザ

西南クロスプラザは、西南学院大学の学生食堂である。
外観がおしゃれ、内部もきれいで明るい。
日替わりの和定食も530円~570円と安く、天神で同レベルの定食を食べると、1、200円程度は覚悟しなければならない。
ほかのメニューも豊富、味付けも上々、学生だけでなく、近隣住民の利用も多い。
営業は、月から土まで、日、祝日は休みである。

西南クロスプラザのテラス

和定食

 

 

ブラ高野~西日本シティ銀行

西日本シティ銀行は、2004年10月に、西日本銀行と福岡シティ銀行 が合併して誕生した新興の銀行である。
旧本店の設計は磯崎新である。

この銀行は、九州特に福岡県を中心に183店舗を展開し、広島県や岡山県、東京都、大阪市にも支店を持つ。

預金残高は2020年3月31日時点で8兆2、916億である。

 

中国の名臣晏嬰(あんえい)

⑴ 晏嬰の人物
晏嬰(BC578~500年)は、斉の人である。晏平仲(あんぺいちゅう)あるいは晏子(あんし)と尊称され、斉(せい)の霊公、荘公、景公という三代の主君に仕えた。
崔杼(さいちょ)が荘公を殺したのは、BC548年のことである。
荘公が夫人の宲姜と密通したからであるが、クーデターは成功し崔杼は慶封と組んで政権を強奪した。

クーデター直後、崔杼と慶封は、貴族を集めて「崔と慶に組しない者は殺す」と宣言した。しかし、晏嬰は「君主に忠誠を尽くし、社稷(しゃしょく)のためになる者に従う」と一歩も引かず、崔杼も反クーデターを恐れて、民衆の支持を受けている晏嬰を殺すことはできなかった。
晏嬰はただの堅物ではなく、頓智のきいた面白い人柄でもあったので人々に愛されたのであろう。
晏嬰の名声は数々のエピソードとして伝えられている。
※社稷(しゃしょく)~社(土地神を祭る祭壇)と稷(穀物の神を祭る祭壇)の総称。転じて、国家のことを意味する。

⑵ 犬の門のエピソード
晏嬰は身長1m35mの小男であったが、楚に使節として訪れた時のことである。
楚は大門の横にあるくぐり戸に晏嬰を案内した。
晏嬰は、「犬が入る門で他国の使者を迎えるのは犬のすることであろう。自分は今日、使節として来た。楚は私をこの戸から入らせてよいのか」と叫んだ。
そこで楚の君主は恥じ入り大門を開いて晏嬰を入らせた、という。

⑶ 羊頭狗肉(ようとうくにく)の由来
斉の霊公(在位 BC582~554年)の時、町の女性の間で男装をすることが流行り、霊公はこれを止めさせたいと思って禁令を出した。しかし、もともとこの流行は霊公の妃(きさき)から始まったのであり、霊公は相変わらず妃には男装をさせていたので、流行は収まらなかった。
そこで晏嬰は「君のしている事は牛の頭を看板に使って馬の肉を売っているようなものです。宮廷で禁止すればすぐに流行は終わります」と諫言し、その通りにすると流行は収まった。このことが「牛頭馬肉」の言葉を生み、後に変化して故事成語の「羊頭狗肉」になった。

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