高野白山の九州易学開運学院

徒然の記

日本運命学の夜明け

日本運命学を切り開いた先人をご紹介しましょう。

易占学、九星気学では
~高島呑象(たかしまどんしょう、1832年~1914年)
「易は中国に興り中国に亡び而して今日、日本に興れり」という李鴻章の讃辞が記念碑として泉岳寺(東京都港区)に残っています。

~黄小娥(こうしょうが、1913年~不明)
「易入門」(黄小娥著)は物語としても楽しめる名著です。

~高木彬光(たかぎあきみつ、1920年~1995年)
小説家ですが、易、九星気学への造詣の深さには驚きます。

観相では
~水野南北(みずのなんぼく、1760年~1834年)
食と運勢の関連に着目、慎食の思想を実践し、一生米食をしなかったといいます。

手相では
~門脇尚平(かどわきしょうへい、1934年~不詳)
手相術の名人

姓名判断では
~熊崎健翁(くまさきけんおう、1882年~1961年)

家相では
~冨塚崇史(とみづかたかふみ、1947年~)

ブラ高野~西新のリヤカー部隊

福岡市早良区の西新中央商店街からなかにし商店街にかけて、歩行者天国になる13時~19時の間は、郊外の野菜や果物、花、漬物、みそ、餅などをリヤカーに積んで売っています。
ここには、160万都市でいまだにリヤカーで商売ができるという珍しい光景が広がっています。

西新中央商店街

なかにし商店街

リヤカー部隊

 

 

相性判断


相性判断(高木彬光著)は、相性(あいしょう)についての詳細な考察ですが、驚くことに相生(そうしょう)と相剋(そうこく)の関係は8割程度該当しています。

※抜粋
「いま述べたように九星という概念は、方位の感覚から発生したものですが、これに対して五行という概念は、古代中国人の素朴な自然観、宇宙観から発生したものだと言えるでしょう」

「この相性を論じる場合には、九星には方位の感覚がなくなっています。その概念が発生したきっかけからは完全に離れ、一人の人間の運命を支配する宿命の星と考えら れるのです。言いかえるなら、すべての人間は、生まれた瞬間から、この九つの星の うち一つを背負って一生をすごしてゆく宿命にあるのだーと考えて下さい」

「人間の手の指は左右に五本ずつ、合わせて十本です。これが現在の数を数える基本である十進法の基礎になっているということは、現代の数学者さえ一致して認めていることです」

「古代の中国人にしても五、十という数にはひじょうに特殊な意味が含まれていると考えたのもとうぜんです。
『五行』の考えはここから生まれたものと推定されます」

「さて、この五行に対して古代の中国人は、次のような性格を与えました。
木(もく)~発生、成長とその作用
火(か)~発展、拡大とその作用
土(ど)~変化、変形、固定の作用
金(ごん)~成熟、安定とその作用
水(すい)~分解、浄化とその作用」

ブラ高野~公園六区交番


浅草演芸ホールの斜め前、浅草寺への通り道、奥山おまいりまち通りの入り口に公園六区交番があります。
公園六区交番は、大正時代を感じさせる、芸術の装飾性を意識した堂々としたアール・デコ風の建物です。
この空間だけはいまだに懐かしい浅草の風情を残しています。

公園六区交番

TOPページ

ページの先頭へ