高野白山の九州易占塾

徒然の記

ブラ高野~母里太兵衛屋敷長屋門

母里太兵衛屋敷長屋門は、福島正則から名槍日本号を飲み取ったことで有名な母里太兵衛の邸宅に構えられたもので、門と長屋が一体化した、防衛施設である武家屋敷長屋門として代表的な建造物です。
この長屋門は、野村證券福岡支店の敷地にありましたが、昭和40年福岡城跡に移築、復元されました。

母里太兵衛屋敷長屋門

家相方位論 その2

1 西南の意義
⑴ 概要
西南は、鬼門の反対側である裏鬼門であり、先天図では巽、後天図では坤である。後天定位盤では、二黒土星の位置である。
十ニ支は、未(ひつじ)と申(さる)にあたる方位であり三合木局と三合水局の接点である。家族では、母を意味する。
・坤は、母を表すので、一家を支える母親が家事をする根拠となる場所である。
・すっきりした西南面を持つ家では、主婦は非常に健康、よく働き、もくもくと子育てをして、一家の資産形成に貢献する。
・また坤は、生命を育てる豊穣の大地、地球そのものの働きを表現する所であり、無から有、形のないものから形のあるものに育てていく、という重要な意味がある。
⑵ 張り
・主婦は、ものづくりに長けて強いセンスをもって生活することができる。
⑶ 欠け
・主婦は、大地でつくられた食べ物を受け取る胃が弱くなり、ふんばり、がまんができず、何事も正面からぶつかることを避けるようになる。途中で逃げ出し、挫折して有終の美を飾ることができない。
⑷ キーワード
・西南を理解するキーワードは、母と大地である。

ブラ高野~祈念櫓

福岡城の本丸表御門跡の石段をのぼると、前方に祈念櫓(きねんやぐら)が見えてきます。
この櫓は本丸の北東隅に鬼門封じのために、西暦1860年(万延元年)に建立されたそうです。
風情豊かな二層の建物で、こじんまり目立たないよう立っています。
また、旧福岡城祈念櫓として福岡県の有形文化財に指定されています。

祈念櫓全景

家相方位論 その1

方位の個性を表現する家相方位論をお届けしましょう。
家相では、張りはプラスエネルギー、欠けはマイナスエネルギーを意味します。容易ではありませんが、家の張りと欠けを見つけるのが家相学の第一歩です。
中央部分にトイレなど水回りがある家や外観が妙な形をした家は避けた方が無難です。
易占学では後天図を使用しますが、家相学では先天図も援用して説明しています。

1 北の意義
⑴ 概要
先天図における坤(北)は、生命を育む大地であり、後天図の坎(北)は、水すなわち生命そのものを表し、後天定位盤では、一白水星が位置する。
十二支は、子(ね)であり三合水局を構成する。家族では、次男を意味する。
・家相は北で始まり、北で終わる、といわれるほど重要な場所で、天と地の始まりである。
・北は、陰陽の接点であり、陰陽が融合する場所であり、あらゆるものが生まれ、基準となる方位であり、中心である。
・家族への影響が強く出る方位である。
⑵ 張りと欠け
・張りも欠けもないすっきりした北面をもつ家では、夫婦、親子が和やかに過ごし、心豊かな生活を送る。
・北側の外壁は張りも欠けもつくってはいけない。
・張りや欠け、出っ張りがあると陰陽の融合がスムーズにならず、家族間のトラブルとして現れる。
⑶ キーワード
・北を理解するキーワードは、陰陽の衝突と融合である。

ブラ高野~名島門

名島門は17世紀小早川隆景(こばやかわたかかげ)が多々良川入口の名島(福岡市東区)に築いた名島城の脇門でした。
黒田長政が本拠を名島城から福岡城に移すとき、黒田二十四騎の一人である林掃部(はやしかもん)に下げ渡され、林家の門として使用されていたそうです。

明治中期ごろ、長崎に移築されそうになりましたが、当時の代議士平岡浩太郎氏によって買いとられ、自宅の門として使用されていました。
戦後、平岡浩太郎氏の孫によって現在地福岡城跡に移されました。
当時の面影そのままに福岡市内では貴重な屋敷門です。

名島門表

名島門裏

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