監獄(その8)
客がいる店でローザの金切り声を聞いたのだ。
客が集まっているのを押し分けてみると、ローザがキャンディー棒を持った女の子を捕えて、こん棒で頭を風船のようにひどくこづいていた。
見ていて、いやになった。
馬鹿野郎、とどなって娘を引き離したが、少女の青ざめた顔は恐怖そのものを表わしていた。
「どうしたのか」とローザに大声で聞いた。
「血が見たいのか」
「泥棒なのよ」とローザが叫んだ。
「黙ってろ」
わめくのをやめさせようとして口元をぴしゃっりと打ったが、思ったより強くやってしまった。
ローザはあえぎながらあとずさりした。
ぼーっとしながらもまわりの人を意識して見回し、叫び声を上げ、そして笑おうとしたが、客は血が点々とにじんだ歯を見るはめになった。
「帰るのだ」とトミーは娘に言ったが、その時、入口の近くがちらっと動いたと思ったら、彼女の母親が入って来た。
「どうしたの」と母親が尋ねた。
「お菓子を盗ったのよ」とローザが叫んだ。
「俺が取らせたんだぜ」と言ったのはトミー。
また殴られるかもしれないと思ったのか、ローザは娘を見つめたまま唇をゆがめてすすり泣き始めた。
「一つはお母さんのものよ」と娘が言った。
母親が思いきり自分の娘をひっぱたいた。
「この泥棒が、今度こそたっぷりお灸をすえてやるよ」
娘の腕を掴んで手荒くぐいっと引っぱった。
女の子は醜い踊り子のように、半分駆け足になったり前かがみになったりしながらも、入口で白い顔をくるりと彼に向けると、赤い舌を強くつき出した。
~完~
バーナード・マラマッド(Bernard Malamud)
1094年4月、ニューヨーク・ブルックリン生まれ。
ロシア系ユダヤ移民の子。ユダヤ系の代表的作家。
「監獄」(The Prison )は短編集「魔法の樽」(The Magic Barrel)の一編。