高野白山の九州易占塾

徒然の記

正岡 子規

正岡 子規(慶応3年~明治35年)に明治33年の句会で発表された
「鶏頭の十四五本もありぬべし」
という俳句があります。

庭の鶏頭を詠んだだけでどうということはないようですが、不治の病に罹った病人が赤い鶏頭を眺めている情景を思い浮かべると、この俳句が持つ生命力の発露に気づきます。

正岡 子規は、当時としては治療法がない脊椎カリエスに罹患しながら、激しい痛みの中で、感情をあらわにせずにさりげなく自分の生命力を庭に咲く鶏頭に託して詠っていることがわかります。

この俳句の前では、万葉集の山上 憶良はもちろん、芭蕉や吉本 隆明さえ小さく霞んで見えます。
持ち味が違うので、比較は無意味と思いつつ、この俳句によって、正岡 子規は、万葉から現代まで日本第一の詩人であると言わざるを得ません。

「鶏頭の十四五本もありぬべし」
子規絵葉書

 

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