高野白山の九州易学開運学院

徒然の記

九星気学シリーズ~一白水星(いっぱくすいせい)

人間を生まれ年ごとに九つに分類して、運命や性格をみる九星気学は使い勝手の良い統計です。

今回からシリーズでお届けしましょう。

第一回目は一白水星の年に生まれた人の運命と性格です。

 

○基本的運命

・一白水星の人は、陰か陽か、強情か柔和か、異性への好みもはっきりした性格で、凝り性で秘密を好み、付き合いは悪くないのですが、心の中をみすかされるのを嫌がるため、妙に孤独になる人が多いのが特長です。

・注意すべきことは、自分一人で事を進めないことです。

・問題が起こった時に立ち向かっていく気迫や実力が伴わず難しい局面を解決できないことが多々ありますので、家族や信頼できる友人、アドバイサーに相談する姿勢が大切です。

○長所

・陰か陽か、強情か柔和か、性格がはっきりしているので、わかりやすい。

・頑固であり、落ち着いた性格であるが、陽気にふるまうと金運がついてくる。

○短所

・つきあいは悪くないが、不思議に一人ぼっちを好む。

・相談する友人を作らず自分一人の方針で押し通し、失敗することがある。

・したがって、問題を一人で抱え込むことになる。

○著名人

タモリ(タレント)、浅田真央(スポーツ)、梅図かずお(漫画家)、田中角栄(政治家)、松本清張(作家)、柴咲コウ(女優、歌手)、イブ・サンローラン(デザイナー)、ケビン・コスナ―(俳優)、雅子さま(皇太子妃)、高橋尚子(スポーツ)、阿木耀子(作詞家)

 

 

易占いによる人物像~地火明夷(ちかみんい)

易占いの対象に人物像の把握があり、その人間性を易経に尋ねることができます。
ある人を占ったところ、易経36番目の地火明夷(ちかみんい)の二爻が出ました。
この卦は、太陽が大地の下に隠れている状態を表しています。
上卦には大地を意味する「地」があり、下卦には太陽を意味する「火」がきているからです。

また、明夷は、みんいあるいはめいいとも読みますが、明るさが破れる、という意味があるので、この人は、明るい生活から一転、精神的には地下の真っ暗闇の中に引きこもっている人、となります。

心を閉ざした原因は何か。
二爻には、「明夷、左股を夷る。」とあり、これは、左の股を傷つけられる、という意味なので、この人が暴力を受けたことを暗示しています。
卦辞と爻辞の意味を総合すると、家庭問題か恋愛問題か、いずれにせよ暴力を受けたことがトラウマとなり心に深い傷を負い、強い人間不信を持った人物像があざやかに浮かび上がってきます。

ブラ高野~おポンプ様

博多駅表口から約2km続く大博通りに二連式手押しポンプがポツンと立っています。
道路拡幅とともに撤去されるはずでしたが、文化財というわけでもなく、名物でもないのに、地元の要望で今でも歩道上にそのままの形で残っています。
このポンプは、いつの間にか誰言うともなくおポンプ様という尊称で呼ばれています。
珍しい型とはいえ、たかが古びて使えない手押しポンプをおポンプ様と呼ぶのはなぜか。

この謎は、宗教学で解明することができます。
一つは、福岡大空襲にも耐え、一面の焼け野原に残っていた姿に地元の人々が感銘を受け、畏敬とともにある種の神々しさを感じていたことによるもので、もう一つは、日本列島の精神風土に原因があります。

日本が仏教国というのは間違いではないのですが、日本人の宗教感情を支配しているのは、実は山川草木や石など有機物、無機物を問わず精霊が宿っているというアミニズム(精霊信仰)で、そのあかしとして神社のご神体は、鏡や日本刀、弓矢、石、果ては露出した土地の一角をそのまま本殿の中心として祀っている神社さえあります。

仏教もキリスト教も外来宗教は、日本列島に根付いているアニミズムの上部構造に位置する宗教といっていいでしょう。
世界宗教であるキリスト教、イスラム教、仏教が広まる前は、地球規模でアニミズムは健在だったはずですが、ギリシャ神話の精霊達も滅び去り、南太平洋の島々やアマゾン流域に残っているといいますが、小なりといえども今でも堂々と神道の名のもとに、原始の形のまま先進文明に顔を出しているのは日本アミニズムだけかもしれません。

ポンプの残骸に神格を持たせ尊崇することで、日本列島人はようやく落ち着きを取り戻し、さりげない日常に戻ることができます。

おポンプ様
おポンプ様

 おポンプ様(車道側から)
おポンプ様(大博通り側から撮影)

般若心経~空の意味

「観自在という行者が智恵の完成行を修めた時、人間存在は空であると体得し、一切の苦悩から解放された」という有名な書き出しで始まる般若心経を理解するのは、並大抵ではありません。

わかりにくい理由は、「無」という単語の多用に原因があり、空の概念を無理やり無を使って説明するので、読み手は空と無を混同して最後には意味がわからなくなります。

空とは、無いということではなく、絶え間なく変化するため、本質も実体もわからないあやふやな、しかし確かに存在する現象なのだ、と説けばわかりやすくなるのですが、眼や耳、鼻、舌、身体、意思も無い、とか物質や声、香り、味、触感、存在自体も無い、とか読めば読むほど、わかったような、わからないような気持ちになります。
さらに、生ぜず滅せず、とか増えず減らずと書いているので、ますますわからなくなります。

無という単語を全部で21回繰り返していますが、これは、サンスクリットや古代中国語に現代日本語の現象にあたる用語がなかったためだ、とみています。

「観自在という行者が智恵の完成行を修めた時、人間存在は現象であると体得し、一切の苦悩から解放された」というふうに現象という単語を使うことができれば、あれこれ小難しく説明する必要はなかったに違いありません。

人間も自然も宇宙も、現象という点では何らかわることはないのだ、と書けば大乗仏教が発見した真理をスムーズに伝えることができ、読者も理解しやすくなると思うものの、強い呪文性を帯びている般若心経について、今さら小賢しく解説するのも無意味かもしれません。

 

ブラ高野~浅草演芸ホール

浅草演芸ホールは、東京都台東区浅草の浅草六区という独特の雰囲気を持った歓楽街の一画にある寄席ですが、落語はもちろん手品あり、三味線あり、踊りあり、入場料2,800円で入れ替えなし、指定席なし、一日中楽しめて、まさに浅草らしく庶民相手のイベント施設です。浅草は、渥美清、萩本欽一、ビートたけしなどビッグな芸人が育った街でもあります。

浅草演芸ホール
浅草演芸ホール

 

人生の応援歌

易経の解説書で、吉凶の生じる理由や八卦の由来などまとめて説明した繋辞伝の中には、往くとは屈するなり(不運の時こそ力を蓄えよ)という励ましのメッセージが込められています。

その部分を抜粋すると、「日往けばすなわち月来り、月往けばすなわち日来り、日月相推して明生ず。寒往けばすなわち暑来り、暑往けばすなわち寒来り、寒暑相推して歳成る。往くとは屈するなり。来るとは信(の)ぶるなり。屈信相感じて利生ず。」

意味は、「太陽が沈めば月が昇る。月が隠れれば太陽が昇る。日月が交代で推移することにより、自然の明るさが生じるのである。寒さが過ぎれば暑くなる、暑さが去れば寒くなる。暑さと寒さが互いに推移して1年が形成される。去るとは消滅ではなく、屈すること、すなわち身を縮めて力を蓄えることである。来るとは、伸びること、すなわち身を伸ばして力を発揮することである。屈と伸の交替・循環により、効果が生じるのである。」(中国の思想Ⅶ 易経 丸山松幸)

下記のキャッチコピーは、往くとは屈するなり、と書いていることから連想して浮かんできました。私たちは、夏と冬、太陽と月、幸運と不運、陽と陰等々を平等に経験する世界に住んでいます。

~幸運は衰微の兆し、不運はリベンジのはじまり~(高野白山)

 

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ブラ高野~常盤橋

常盤橋は、小倉北区の紫川にかかる木造橋で、かってはこの橋が小倉から九州各地にのびる長崎街道、中津街道、秋月街道、唐津街道、門司往還の起点・終点でした。

小倉から長崎まで25宿、228キロの道を参勤交代の諸大名、長崎奉行、オランダ商館の行列が常盤橋を渡って小倉で休憩したり、宿泊しました。

黒田、細川、島津をはじめ、長崎街道を利用した大名も、小倉にそれぞれの定宿本陣があったようです。

伊能忠敬やシーボルトもこの橋を往復しています。

現在では、メインルートから外れているものの、常盤橋から西の長崎街道沿いには食べ物屋をはじめとして文具屋など商店が多く並び、盛時の名残りを見せています。

常盤橋全景
常盤橋全景

常盤橋由来
常盤橋由来

常盤橋記念碑
常盤橋石碑

長崎街道入口
常盤橋長崎街道入口

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前世? 因縁?

~願わくは、この功徳をもって普く一切に及ぼしわれ等と衆生と皆、共に仏道を成ぜん

という名文句を持つ法華経化城喩品(ほけきょうけじょうゆほん)には、一人の導師が荒野のまっただ中に幻のオアシスをつくり出して、人々を休ませて安心させ、精進させるという例え話がありますが、サンスクリット原文の日本語直訳(岩波文庫版)では、「前世の因縁」というタイトルがついています。

前世?

因縁?

エドガー・ケイシ―・レポート(転生の秘密)では、転生の事例が数多く載っているものの、あると思えばある、ないと思えばない、というレベルの存在証明不可能な前世や因縁などを思い込んだまま、カルトの教祖のように得々と公言するのは個人の自由とはいえ有害無益というほかありません。

前世が何だ、因縁がどうした、と毅然とした姿勢を貫き通せば、大事な現世をもっとのびやかにもっと楽に生き抜いていくことができるからです。

 

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受講者募集

九州易占塾では、平成26年10月から始まる後期の受講者を募集しています。

総合占術は、1回2時間、月3回、期間は1年間です。

入会金3万円、月会費1万円となっています。

教科は、易学、タロット、手相、九星気学が中心になります。

ほかに占いごとの短期終了コースも併設しています。

福岡市及び近郊にお住まいで通学できる方が対象です。

カラーセラピストや開業を目指している方も参加されています。

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ブラ高野~川上音二郎銅像

幕末、博多筑前生まれの川上音二郎は、14歳で家を飛び出し、ホームレスをしながら東京にたどり着き、明治20年(1889年)頃、扇子を持って踊るオッペケペー節で大評判をとった役者、講談師です。

オッペケペー節は、自由民権運動の流れをくんだ、藩閥政治批判、時世風刺の流行歌で、新派の創始者の一人である川上音二郎は、この大流行をきっかけに川上劇団を率い演劇活動を開始しました。

旧派の代表である歌舞伎役者との軋轢もあったようです。

オッペケペー節の三番を読むと、明治の藩閥政府に対する自由民権運動家の怒りを実感できます。

川上音二郎の銅像は、博多座(福岡市博多区)の道向いにあります。

※               ※               ※

オッペケペー節第三番

「米価騰貴の今日に 細民困窮省みず 目深にかぶった高帽子 金の腕輪に金時計 権門貴顕に膝を曲げ 芸者たいこに金を蒔き 内には米を倉につみ 同朋兄弟見殺しに いくらじひなき欲心も 余り非道な 薄情な 但し冥土のおみやげが じごくで閻魔に面会し わいろ使うて極楽へ 行けるかえ ゆけないよ オッペケペー  オッペケペッポーペッポッポー」

※新派~明治時代に始まった現代劇、歌舞伎など旧派に対抗する呼称である。代表的演目として金色夜叉(尾崎紅葉)、不如帰(徳富蘆花)、婦系図(泉鏡花)がある。

川上音二郎銅像
川上音次郎像

川上音二郎記念碑
川上音次郎記念碑

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