NPO法人九州易学開運学院

徒然の記

ブラ高野~チューリップ

チューリップの原産地は、カザフスタン、天山山脈近辺の渓谷である。高さは70cm、耐寒性があり、初心者でも育てやすい。
毎年3月~5月に2週間程度花開く。
花の色は、赤、ピンク、オレンジ、パープル、白が多い。
チューリップの花言葉は次の通りである。
1 赤いチューリップ~家族への感謝
2 ピンクのチューリップ~労い
3 オレンジのチューリップ~照れ屋
4 パープルのチューリップ~気高さ
5 白いチューリップ~待ちわびて

チューリップ

碧(へき)、青(せい)、蒼(そう)の違い

⑴ 概要
「あお色」を表現するときに使われる碧、青、蒼という単語は、どこが違うのか?
碧、青、蒼の違いは「新明解国語辞典」を参考にすると次の通りである。
ア 碧~あおのうち緑が強い青、緑がかった青、あおみどり色
イ 青~よく澄んだ空の色に代表される、落ち着いた感じを受ける青
ウ 蒼~木の葉・海・空などの深い青、暗い青
⑵ 碧(へき)、青(せい)、蒼(そう)の違い
ア 碧(へき)
碧は、緑ががった青色、というより緑色である。
例えば、碧玉、碧水など緑系の青を表現するときに碧を使用する。
※碧の使い方
・碧い眼をした人形
・1つの雲もない碧空(あおぞら)を仰いだ。
イ 青(せい)
青は、緑、水色なども含めて青色系統の総称である。信号の色をはじめ、晴れた日の空や海、月の光、病気のときの顔色などを表現するときにも使う、普通の青である。また名詞や形容詞につく場合はあおぐさい、というように「未熟な」「若い」という意味になる。
青は、三原色(青、赤、緑)の一つである。
※青の使い方
・真っ青な顔色をして立ち尽くしている。
・青白い月の光が窓から差し込んできた。
ウ 蒼(そう)
蒼は、木の葉や海、空のほか、血の気のない顔色や薄暗い月の光の形容に使われる。
例えば、蒼海や蒼天、蒼空、蒼然というように暗い青を表現する場合に使われる。
※蒼の使い方
・恐怖で顔が蒼ざめる。
・鬱蒼と生い茂る草木をどうにかしたい。

徳川家康の正体

占いは、易を始めとして、姓名判断、九星気学の傾斜法等により、人間性を把握し、その人物の正体を明らかにする試みの一つである。
ここでは姓名判断により徳川家康という人間の本性を追及してみよう。
徳川家康(1543年~1616年)は、三方ヶ原の戦い(静岡県浜松市)で武田信玄と戦って敗北したが、この敗戦が織田信長との同盟を守った律儀者として人物評価を高めるきっかけとなった。
徳川家康の姓名判断は次の通りである。
1「德川家康」の画数
德~15画(旧字体)
川~3画
家~10画
康~11画

2 字画
(1) 画数の意味
画数の意味から頭領富貴、長寿富貴繁栄、変怪数奇という運勢を知ることができる。
天格18~評定せず
人格13~智力冨栄
地格21~頭領富貴
総格39~長寿富貴繁栄
外格26~変怪数奇
(2) 三才五行による成功運と基礎運
三才五行の成功運と基礎運からは、上伸極(じょうしんきわ)めて困難、発狂変死、地位、財産安全という宿命を類推できる。
・成功運~上伸極(じょうしんきわ)めて困難身心を労し神経衰弱肺患の難症(なんしょう)、甚(はなは)だしきは発狂変死す
・基礎運~境遇(きょうぐう)頗(すこぶ)る鞏固(きょうこ)、目下の力を受け、地位、財産ともに安全なり

3 徳川家康の正体
運勢と宿命がわかれば、徳川家康の人物像を確定し、その正体を推認できるのである。
この人は、風変わりな人生を送るが、徳川幕府を開設し、日本の支配者となり長命で富貴繁栄する。
また、信長や秀吉に頭を押さえら苦労しながら、狂気の気質を持つものの、地位や財産を保全する。なお、本人も自分の狂気に気づいていたフシがある。
参考:「姓名の神秘」(熊﨑健翁著)

ブラ高野~満濃池(まんのういけ)

日本最大のため池である満濃池(香川県まんのう町)の貯水量は、今では1、540万トン、周囲は20㎞、水深22m、堤高32m、灌漑面積3,239haである。
ちなみに、福岡市の水がめである曲淵ダムの貯水量は236万トン、南畑ダム貯水量は512万トンである。
水の圧力を分散させるため、余分な水を下流に放流するシステムは1,200年たっても健在である。

満濃池

ブラ高野~山茶花(サザンカ)

山茶花は、ツバキの仲間で常緑広葉樹である。
花が咲く時期は、秋の終わりから初冬にかけて、10月 から12月である。
花の色は、濃い紅色や白色やピンクなど様々である。花の奥には蜜があり、昆虫と鳥により受粉する。
童謡「たきび」の歌詞に登場することもあり、山茶花は寒さに強い印象があるが、四国・九州といった暖かい地域が北限であり、本来は暖気を好む植物である。
ただし、品種改良により寒さに強く真冬でも花を咲かせる品種も少なくない。

山茶花(サザンカ)

熊崎姓名学

1 概要
姓名は、自己存在の証しであり、自己存在には、姓名表示が不可欠である。
姓名学は、姓名の画数が持つ吉凶の暗示性を推理・検証して、運勢と宿命を探知する技術と思想である。
2 運勢と宿命の把握
かつての姓名学は、地格で中年前の運勢を占い、総格で中年後の運勢をみるだけで、天人地の三才が揃わず外格がなかったり、また、画数の奇数、偶数を陰陽に置き換え吉凶を判断する方法は、根拠が不明確で、信憑性がなく、改名して運勢が傾く例が多かったという。
1929年に公表された熊﨑式姓名判断は、画数の「人格、地格、総格、外格」と運勢の「三才五行」について病名(例えば呼吸器疾患)や家庭問題(例えば夫婦争論)まで具体的に明らかにした姓名判断の優れた手法である。

ブラ高野~金印の衝撃

金印(福岡市博物館所蔵)は、1931年指定の国宝である。
刻印された文字は「漢委奴國王」、読み方は、通説では、「かんのわのなのこくおう」という。
「漢帝国に臣従してきた、小柄な倭族の一派で那の国の国王」という意味あいであろうか。
発見されたのは江戸時代の志賀島(福岡市東区)であるが、金印が製作されたのは、後漢の光武帝の時代(AD1世紀)らしい。
一辺の長さ2.4cm、高さ2.3cm、重さ109gである。
一時は真贋論争が激しかったが、1957年に中国雲南省の古墓から、同じ蛇鈕金印が発見され、真物性が裏づけられた。
金印

易経における難字の読み方と意味 その2

天山遯 (遯) とん~にげる、さける(豚~引き下る、辶~行く)
火澤睽 (睽) けい~そむく、反対する、はなれる
水山蹇 (蹇) けん~なやむ
澤天夬 (夬) かい~分ける、分かつ、決める
天風姤 (姤) こう~出会う、美しい
火風鼎 (鼎) てい~さかん、三人そろう(鼎談、鼎の軽重を問う)
風山漸 (漸) ぜん~少しづつすすむ(漸増、漸進主義)
風水渙 (渙) かん~散る、新しくなる、離れる
風澤中孚(孚) ふ~誠実、まこと

ブラ高野~日本最古の商店街

日本最古の商店街はどこか。
福岡市博多区呉服町にあった魚之町商店街である。
記念碑によると、17世紀初頭、魚之町は上中下の三町あり、黒田藩による埋立て地である袖の湊まで魚屋が立ち並び軒を連ねていたそうである。
地下鉄の呉服町駅から歩いて3分、今では通りは石畳で整備され、鴨料理店、うなぎ屋、喫茶店、インドレストランが並びひっそりと落ち着いた景観である。
ここは博多山笠東流れの本拠地でもある。

魚之町商店街看板

魚屋が並んでいた通りの景観

易経における難字の読み方と意味 その1  

水雷屯 (屯) ちゅん~とどまる、進めない(屯営、屯田兵)
天澤履 (履) り~靴、ふむ、実行する、行い、はく
山風蠱 (蠱) こ~穀物につく虫、そこなう、まどわす
火雷噬嗑(噬嗑) ぜいごう~かむ、食いつく、上の歯と下の歯がかみあう
山火賁 (賁) ひ~光彩、飾り(落日の色の美しさ)
山地剝 (剝) はく~はぐ、はげる、けずる(復の反対語、地雷復)
天雷无妄(无) む~ない、なし(無と同じ意味)
山雷頤 (頤) い~あご、養う
澤山咸 (咸) かん~感謝する、交感する。感と同じ意味

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