飛幡焼は、1952年、北九州市戸畑区で陶(すえ)泉北さん(故人)が初代として始めたが、JR戸畑駅や戸畑図書館に展示した作品に興味を持った人が窯を訪れたり、またすし店で使われたり、神社に飾られたりして地元で愛されている。
飛幡焼は、誕生して70年、その色合いや形が光彩を放つ、優れた焼物である。
2代目陶芸家の宮沢泉北(せんぼく)さんが飛幡焼の名が戸畑に残ってほしい、という想いで、弟子を育てている。
⑴ 一白水星
~石油、水産業・漁業・釣り具、飲料、浴場・サウナ、醸造業、塗装業、クリーニング業、船舶、造船、医療
⑵ 二黒土星
~農業・製粉業、不動産業、土木業、造園業、陶芸陶器・瀬戸物、布団・寝具・敷物、古書・古道具
⑶ 三碧木星
~電力・電気・電話関連、発明、放送・宣伝・広告、メディア、音楽・楽器、木材・家具・製紙、青果、造園
⑷ 四緑木星
~旅行業、貿易業、運輸業、マスコミ、通信、コンビニ、郵便、仲人、ブライダル、木材・家具・製紙
⑸ 五黄土星
~政治家、投資家、不動産業、土木業、葬儀業、僧侶、解体業、清掃業、兵士・警察官
⑹ 六白金星
~政治家、大企業、公務員、航空、銀行・金融、自動車産業、スポーツ、貴金属・宝石、精密機器
⑺ 七赤金星
~飲食・食品業、銀行・金融、俳優・タレント、歌手、司会、仲人、ブライダル、アミューズメント
⑻ 八白土星
~鉱山・林業・登山、不動産業、土木・建築業、ホテル・旅館業、デパート・スーパー、倉庫業、鉄道事業
⑼ 九紫火星
~芸術・芸能、マスコミ、デザイナー、ファッション、美容・化粧品、アパレル・装身具、火災保険業
第25代福岡市長進藤一馬氏は、昭和47年に衆議院議員から福岡市長に転身した。
この人が福岡市長になって以来、福岡市の政令指定都市移行や地下鉄開業により、その発展ぶりがすさまじく今でも一年間の人口増加数が30,000人前後で全国一である。
福岡市南区桧原で昭和59年早春、道路拡張工事のため、9本の桜が伐採されることになった。これを桧原桜というが、近くに住んでいた人が、「花あわれ せめては あと二旬 ついの開花をゆるし給え」と和歌を詠んで桜の木に掲出した。
このことが西日本新聞に掲載された。
進藤元市長が現地を訪れると、報道を受けて知った多くの人々が集まり、桧原桜を惜しむ色紙や短冊を桧原桜に下げていた。
進藤元市長は、自らの雅号で「桜花惜しむ 大和心のうるわしや とわに匂わん 花の心は 香瑞麻」という返歌を詠んだ。
工事は、反対側の池を埋め立てて道路を拡幅することで、桧原桜を守り抜くことができた。
福岡市民は、進藤元市長を「花守り市長」と呼んで敬意を表した。
この話は、小学校の道徳副読本や雑誌リーダーズ・ダイジェストに掲載され、全国に広まった。
六白金星中宮の年~この年は政界や大企業の行動が問題になるであろう。商品は天のようにまるいものや大型のものが流行る。航空業界、銀行業界の改組・再編が進む。色は白色、シルバーが流行するであろう。
地震~中国、1976年、24万2千人 死亡、1976年、モントリオールオリンピック
七赤金星中宮の年~この年は社会を遊興ムードが支配しレジャー産業が栄える時である。飲食についてもグルメ志向が強くなり、エンターテインメントの盛んな年となる。巷では金融関係の話題が中心になってくる。2011年3月、日本では東日本大震災が発生した。流行色は白色かシルバーが有力である。
地震~トルクメニスタン、1948年、11万人 1948年、ロンドンオリンピック
八白土星中宮の年~この年は社会的にも大きな変化や変革を求められるが、事態は思ったほど進展しない。経済面では公的機関が民間企業に衣替えしたり、政治上は単独政権が連立政権に交代したり、一波乱も二波乱も混乱する時である。洋服ダンスや冷蔵庫など大型の商品や高さのある品物の売れ行きが好調である。
色は黄色やベージュが好まれる。 地震~ハイチ、2010年、22万2千人
九紫火星中宮の年~この年は高級品や派手な品物が好まれ、芸術や芸能、文芸等知的な事業が話題になるであろう。火の星が中心になるので、夏は特に熱くなり、水飢饉、渇水の恐れがある。
色は紫か赤が流行するであろう。 サイクロン~バングラディッシュ、1991年、13万7千人
一白水星中宮の年~この年は社会全体が暗い穴に落ち込んだように、先の見通しが立てにくく、何かと不安材料が多い時である。悲しい出来事、傷ましい事件が多くなる。
水に関すること、例えば渇水、豪雨、水害が増えるであろう。
1936年2月26日、日本では2・26事件が発生した。
色は黒色が流行するであろう。
二黒土星中宮の年~この年は安定、安全志向が高まる。労働問題や農業関係の解決が課題となり、実用的で安価な商品が好まれ、やわらかいものや地味なものが流行る。
色は黄色かベージュが人気となる。
三碧木星中宮の年~この年はとかく目新しいことが脚光を浴びる時である。変わった発明や新たに起業した若手経営者の活躍が話題に上がるであろう。 賑やかなものが目立ち、何となく社会全体が騒々しく感じることがある。雷や台風が多く、色は青色が流行する。
四緑木星中宮の年~この年は旅行や貿易に関する話題が目立って多くなる。しかし、どの業種も風のようにフラフラと行ったり来たりで、販売成績が上がったと思えば下がって冴えない年になる。大風や突風が多い年でロングブーツやスカートという長めの商品が良く売れて、色は緑が好まれる。
五黄土星中宮の年~この年は社会全体に退廃的な雰囲気がはびこって、贈収賄や凶悪犯罪がマスコミをにぎわす年である。またギャンブルが盛んになったり、戦争や災害が起こったりする。暗剣殺は見えないだけで中宮の後ろに隠れているのである。
1923年9月、日本では関東大震災が起こった。
色は黄色かベージュが流行するであろう。
中国古代の占いは、卜占(ぼくせん)と筮(ぜい)である。
卜占(ぼくせん)は、殷王朝の時代、亀の腹の甲や動物の骨に出たヒビで占う方法で、亀の甲のヒビを読み取る手法は日本の皇室に伝わっている。
筮(ぜい)は、周王朝の時代に生まれた、鋸草ともいうめどぎの茎(現在は竹ひご)で占う筮法である。
また、三易とは、周易、連山易、帰蔵易を三易という。
周易は周王朝時代に発明された現在の易である。
易占いの原型である連山易、帰蔵易とも今日まで伝わっていない。
方違えとは、直接目的地へ行かず、別の方角から吉日を選んだり、出発地を変更したりして移動することである。
方違えの事例として土佐日記では、大阪から京都に帰るのにわざわざ時間をずらして、
「それの年の十二月の二十日あまり一日の日の、戌の時に門出す」(土佐日記)
現代語訳は、
「ある年の12月21日午後8時頃に出発した」
夜の8時に大阪から京都へ行くのは、当時は治安も悪く真っ暗な中困難な旅路であった。